「大怪盗アルバトロス?」
今日もまた、この混沌の異世界でなんとか生き延びた僕は、ニューメキシコのサンタフェにあるダイナーでハンバーガーを食べながら、隣に座る怪傑ゾロに聞き返した。
「あぁ、なんでも最近このあたりで目撃されてるって噂でな。人が死ぬ時に限って現れる。全身真っ赤な衣装に、金縁のモノクルをかけて、赤いシルクハットを被ってるらしい。赤い死に神だとか、何とか……清々しいくらいにステレオタイプな話だろ?アルバトロスって名は……知らん。どこかの誰かがそう言ってただけだ」
この怪傑ゾロを名乗る人物とは知り合ったばかりだ。ひょんな事からこの世界に巻き込まれ、死にかけていた所をゾロに救われた。いつしか行動を共にする様になり、今日もまた、彼の無茶な人助けに巻き込まれてなんとか帰ってきた所だった。
「ふぅん……で、なんで急にそのアルバトロスの話を」
「それがな、今ちょうどこの辺りでカルテル同士の抗争が起こってるらしい……運が良けりゃ、お目にすることがあるかもと思ってな」
……そんな話は聞いていない。僕は、今日だって何とか生き残ったんだ。これ以上の荒事に巻き込まれるというのは、キャパオーバーも良いところだ。
「まぁ、この世界で怪盗を名乗るくらいだ。きっと想像を絶するような大悪党に違いねぇ。その時は……俺がとっちめるだけさ」
「血の気が多いことで……それより、カルテル同士の抗争なんて聞いてないぞ。さっさと飯を済ませて帰ろ……」
言い終わるかどうかといったところで、外から爆発音が聞こえてきた。ついで、逃げ惑う人々の悲鳴と怒声……。
「噂をすれば、だな。ほら、行くぞ!」
「あぁ……今日も厄日か……」
そもそも、この世界に大安吉日なんてものがあるのだろうか。そんな事を考えながら、僕は武器を構え、ゾロと共に外へと飛び出した。
表では、銃撃戦の真っ最中だった。
既に犠牲となった一般人の死体がそこらに転がり、辺りは血と火薬、煙の匂い、そしてカルテル達の打ち合うマシンガンと拳銃の銃声で満ちている。
「これは酷い……」
「全くだ。カルテルのヤツら、どこそこ構わずおっぱじめやがって……ッ!」
何かに気がついたゾロが、通りへと駆け出す。
そこには、火のついた車の横にうずくまる一般人がいた。
炎は車を容赦なく包み込み……誰の目から見ても、爆発するのは時間の問題だった。
ゾロは躊躇することなく怪我人の所まで駆け寄ると抱き抱え、すぐさまこちらに駆け出そうとした……が、その瞬間、炎に包まれた車が爆発を起こした。
「ゾロ!!」
爆発に吹っ飛ばされたゾロは、怪我人をなんとか庇うが、爆風でダイナーの壁に激突した。
「……ッ!!」
痛みに呻き声をあげるゾロのもとへ駆け寄る……が、そんなゾロのすぐ上、ダイナーにデカデカと掲げられたネオン看板が今まさに落ちようとしていた。
ゾロは動けない。僕も間に合わない。
無情にも、看板は崩壊に耐えきれず落下を始めた。
あぁ、畜生。知り合ったばっかりなのに……まだこれからだってのに……!
行き当たりの無い怒りが込み上げ、同時にゾロの死が近づいていく……もうダメだ……そう思った瞬間、僕の横を真っ赤な影が通り抜けた気がした。
そして、轟音。
舞い上がる土煙に思わず顔を覆い、腕を払い除けた僕の目の前には、ひしゃげた看板があった。
「あぁ……ゾロ……」
呆然と、ゾロの名前を口にする。
あぁ、そんな……ゾロ……死んで……。
「ほう、こいつはゾロって言うのか。奇抜な格好にそのネーミングセンス、気に入ったぜ」
突然、聞いたことのない声が背後から響き、僕はとっさに振り返った。
そこには、爆発の影響で怪我は負っているものの、ゾロが生きていた。彼の抱えていた怪我人も、気を失ってはいるが生きている。
そしてそばに立つのは、全身真っ赤な衣装に、金縁のモノクルをつけた、赤いシルクハットの男。
「間一髪、だったな。俺がいなきゃ、アンタ死んでたぜ?」
「ゲホッゲホッ……そりゃどうも……。ん?お前、その格好もしかして……」
そこで僕は気がついた。つい数分前に話していた、この異世界に現れた怪盗の話を。
「おや、俺の事を知ってるのか?いつの間にか俺も有名人、ってか……まぁいい。とりあえず今は、こいつらの事を何とかしようぜ」
シルクハットの男は、僕の背後を指さす。
もう一度振り返ったそこには、銃を構えるカルテルの姿があった。
「さぁて、ショータイムだ!ゾロとか言ったな、アンタ。あの怪傑の名を名乗るくらいだ、当然やれるんだろうな?」
「……ハッ、誰に物言いやがる。俺は怪傑ゾロ!強きをくじき、弱気を助ける、正義の大盗賊だ!」
そう言って、ゾロは懐から自慢のサーベルを引き抜き、構えた。
「よく分かってるじゃねぇか!アンタとは気が合いそうだ!俺は大怪盗アルバトロス!大層な信念なんてこれっぽっちも持ちやしないが、俺は俺の信じるモノの為に戦う者だ!」
銃を抜いたアルバトロスが、ゾロと背中合わせに敵を迎え撃つ。その光景は、まるで以前見たヒーロー映画のワンシーンのように見えた。
……だが、
今は僕も役者の一人だ。
声高々に宣言しようじゃないか、僕の名を……!
探索者は強きをくじき、弱きを助く正義の怪傑、ゾロの仲間だ。ある日、依頼を終えた君達はサンタフェにあるダイナーで夕飯を食べていた。そんな時ゾロは『大怪盗アルバトロス』の話をする。すると、外から爆発音が聞こえてきて……。
カルテルの構成員は4人いる。このエネミーのデータは『本誌 p184 平均的な人間』を使用すると良いだろう。なお、カルテルの構成員が持つ拳銃は『本誌p140』に記載されているグロッグ17が適当だろう。
カルテルの構成員は2:2に別れて探索者達を挟み込んでいる状態だ。これはつまり、上手く回避を行う事が出来ればフレンドリーファイアを引き起こす事が出来る。
このシナリオに限り、探索者とNPCは通常の攻撃を行ったとしても<回避>を行う事が出来る。<回避>に成功した場合、避けた弾丸は反対側にいるカルテルの構成員に命中し、通常通りのダメージを与える。
カルテルの構成員を全員倒せば、戦闘は終わる。
見事カルテルの構成員を倒すことが出来ても、油断してはいけない。ゾロは助けた一般人をダイナーへと連れ込み、外が静かになったら逃げろ、と言いつける。
そして外に出た時、視界の先の曲がり角からは新たにカルテルの構成員が現れた!
探索者達がこの場面から逃げる際には、純粋な<DEX対抗>を行っても良いが、このシーンによりゲーム性を求めるのであれば『The Roaring Story of Jazz-Age p28』記載の特殊戦闘ルール『チェイス』を採用しても面白いかもしれない。
ゾロのアジトへと何とか逃げ帰った探索者は、アルバトロスの提案から、新たにアルバトロスが仲間となる。
『本誌 p38関係表と感情表』を参考に、アルバトロスと関係を決める。なお、ここで推奨される関係は『仲間関係』または『協力関係』だ。感情は何でも構わない。
また、アルバトロスは探索者とゾロに『最高の冒険』を約束してくれる。
「ほう、つまりお前は元の世界に戻る方法を探してるんだな?」
血と火薬、煙の匂いが充満する戦場を抜け出した僕達は、なんとかゾロの急ごしらえのアジトまで戻ってきた。
「あぁ。どうもこの世界に来てから記憶があやふやなんだが……1927年。そう、1927年だ。俺が最後にニューヨークを発ったのは。そこからプロペラ機で故郷に帰ろうとしたんだが、操縦不能になって墜落したと思えば、荒野のど真ん中だったわけさ」
「なるほど……じゃあ、アルバトロスは前の世界の記憶はほとんどないんだ」
僕の質問に、アルバトロスは難しそうな顔をした。
「いや……全く覚えてないわけじゃねぇ。例えば、俺がアルバトロスという名前でいた事。ニューヨークで、忘れるはずのない大冒険をした事……仲間がいた事……は覚えてる。だが、本名、故郷、そこで何をしていたか……そう言った事に関してはさっぱりだ」
アルバトロスの表情は、とても複雑だった。懐かしむような、恐れるような、困ったような、楽しいような……とても一言では言い表せない。
「ほぉん、そいつは難儀なこったな。だがまぁ、この世界を出ようとする奴らは大勢いる。そいつらの所に行けば、何かわかるだろうさ。そうだな、ここからちょいと離れるが、テキサスへ行けば何かしらの手がかりは掴めるかもしれねぇ」
「だが、いいのか?この世界は、お前の様な者こそ歓迎する。全てのモノを受け入れ、全てのモノは自由だ。お前の事なんてまだこれっぽっちも理解したつもりは無いが、それでも俺はここに残ることを勧めるぜ」
ゾロは急ごしらえの夜食を頬張りながら、アルバトロスにそう進言した。
当のアルバトロスは、ゾロのことをじっと見て……そして笑った。
「悪いな、ゾロ。俺にはやらなきゃいけない事がある。会わなきゃいけない奴がいる。記憶は失われようとも、体がその事を覚えている。俺は、そんな俺自身に背いて、この世界で何もかもを忘れて自由を謳歌する事なんて出来ないのさ」
アルバトロスのその言葉に、ゾロも彼をじっと見つめたが……やがて諦めたように笑った。
「はっ、そうかいそうかい、勝手にしな。お前とはいいコンビになれそうな気がしたんだが……残念だ」
両手を上げて残念がるゾロに、アルバトロスもまたわざとらしく両手を上げながらゾロに話しかけた。
「おいおい、諦めるのは早いぜ?俺だってこんな訳の分からない世界をすぐに抜け出せるとは思ってねぇ。この世界の事なんてなんにも知らねぇし、テキサスがどこにあるのかもわかんねぇ。だから、力を貸してほしい。この世界に詳しい、この世界の住人のアンタ達の力を、な」
アルバトロスはそう言って、ゾロに手を差し出した。
ゾロは、その手をじっと見つめたが、今度はそれほど考えることは無く、その手を力強く握った。
「お前、なかなか面白いヤツだな。気に入った。今日からよろしく頼むぜ!」
「俺も、まさか地の果て世界の果てで本物のゾロに会えるとは思っていなかったぜ。よろしく頼む」
力強い握手に、2人の信頼の度合いが見て取れる。あぁ、本当に映画でも見ている気分だ。
と、いつの間にか観客気分になっていた僕に対して、アルバトロスはゾロの手を離し、今度は僕の方を向いて手を差し出してきた。
「さぁ……アンタはどうする?」
迷うことなんか無かった。
「もちろん歓迎するさ。よろしく、アルバトロス」
僕はアルバトロスの手をガッチリと握り、アルバトロスもそれに力強く応えた。
「……さて、話は纏まったが……アルバトロス、お前にタダで食わせる飯はねえし、力を貸すのは勿論、お前の力も借りる。それ以外だ。お前は俺達にどんな見返りをくれる?」
ゾロがそう言ったその時、アルバトロスの顔は笑っていた。
まるで、この言葉を待っていましたと言わんばかりに、
今日一番の楽しそうな笑顔で、彼は言った。
「……最高の冒険を約束しよう!!」
Illustrated by 接続設定 最高の冒険を約束しよう!
1927年のある時、大怪盗アルバトロスはニューヨークから故郷へと帰還する際にこの混沌の異世界へと巻き込まれた。彼がニューヨークで何をしていたのか、彼の故郷は、本名は、職業は……その多くは謎に包まれている。が、それはそれ。今はこの混沌の異世界を存分に楽しみ、そしていつかはこの異世界を脱出するのが彼の目的だ。曲がった事は大嫌いで、彼は彼の持つ信念を貫き通す。それがどのような物か、全てを理解する事は難しいが、少なくとも探索者達にとって不愉快な物では無い筈だ。