もし、神様なんてやつがいるのなら。
そいつはきっと、人間のバターソテーが大好物なんだろう。
この、ご機嫌すぎる太陽が、その証拠だ。
いや、ご機嫌じゃない、クソッタレだ。
屋内にいるってのに、その熱は、俺たちを逃しちゃくれない。
ビールもとっくに、ぬるくなってしまった。
それもこれも、このクソッタレ、こんなに……
「暑い……」
「言ったな? じゃあクォーターだ」
「もう小銭がねえよ」
「ハーフ・ダラーでもいい」
「だからないって」
「じゃあつけておこう。そろそろ1杯分かな?」
小銭をせびるこいつは、俺の相棒、いや、師匠みたいなもんか。
俺がこの街、サンタフェに流れ着いて、すぐに出会った。
なんだかんだ行動を共にして、今では一緒に、探偵事務所をやっている。
顧客からは「便利屋」「運び屋」などと呼ばれるが。
まあ、大事なのは顧客との関係であって、名前じゃない。
そうだろ?
特に、こんな狂った世界では。
狂ってるから、ひと仕事終えた後は、昼からビールだって飲むさ。
クソッタレにぬるいけど。
「おまえは暑くねえのか」
「心頭滅却すれば火もまた涼し、だよ」
「シントー? なんだそりゃ」
「心を無にすれば、どんな暑さも感じないってことだな。ゼンだよゼン」
相棒は時々、インテリみたいなことを言う。
「気合で涼しくなったら世話はねえよ。酒場の中にいるってのに、屋根の穴から日差しがくるんだぜ」
「その穴はお前らが開けたんだろう、弁償しろ」
これは、ここのマスター、食えない男だ。
「あれはしょうがないって。修理代を払うヤツらが、運悪く死んじまっただけさ」
そう言いあっていると、酒場の入口がギイッと開いた。
そこには奇妙な少女、つまり、ガキがいた。
肌はすきとおるように白く、髪の毛も同じくらい白い。
着ている粗末な服も白っぽい。
顔立ちは12,3歳といったところか。
奇妙なことに、頭の左右からは大きな耳かヒレのようなものが張り出し、揺れている。
首にはマフラーのようなものがあり、その端は長く伸び、宙に浮いて動いている。
体の後ろからは、細い尻尾のようなものまで生えていた。
デミヒューマンだろうか。
「あの、ここは……」と少女。
「ここは子供の来る場所じゃないよ」とマスター。
「お嬢ちゃん見ない顔だね、どっから来たんだい」と相棒。
「わからないの。気がついたらここにいたの。街があったから来てみたんだけど」
どうやらこの白いガキは、他の世界から来たらしい。
「お嬢ちゃん名前は?」と相棒。
「わからないの、なにも。でも前は『ゾウ』って呼ばれてたわ」
「なるほど、ホワイトエレファントだ。白い象は幸運の女神なんだ。ブッダ!」
相棒はまた、インテリめいたことを言っている。
「どうしてここに入ってきたの?」と相棒が続ける。
「ええと、歩いていたら変なおじさんたちにあとをつけられて、ねらわれて。おねがい、助けてほしいんだけど……」
少女がそこまでしゃべった時、酒場の入口が勢いよく開いた。
俺は反射的に、真横に跳ぶ。
カルテルがはびこる、この街で身に付けた作法だ。
ここで跳べるか跳べないかが、人生の長さを決める。
顔も、頭も、性格も良くて、女にモテるヤツらが、跳べずに死んでいったこともある。
だから、俺は跳ぶようになった、クソッタレ。
案の定、景気のいい銃声。
同時に、俺が座っていた椅子に穴が空いた。
敵さんは2人、獲物はコルトかルガーか。
東洋系の肌、エスニックな臭い。
こんなヤツら、顧客のカルテルにいたか?
俺は銃を取り出しながら、相棒の方を見た。
いや、相棒は俺よりはるかに上手だった。
相棒は酒場のカウンターの隙間から、少女を後ろに押し込む。
そして、机を盾のように横倒して、銃で応戦を始めたのだ。
わずか一瞬のあいだに。
やっぱり、まだ「師匠」と呼ぶべきか?
まあいいさ、やるべきことはわかってる。
クソッタレだが、シンプルに行こう。
銃の腕に自信はねえが、支援ぐらいにはなるさ。
そんなことを考えながら、何発かぶっぱなす。
そうしたら、敵さんはどちらも倒れて動かなくなった。
一瞬の静寂、硝煙の臭い、変わらない熱波。
相棒と、一瞬だけ目線を交わす。
少女は、カウンターの後ろで縮こまっているようだ。
おそらくは、マスターも。
「終わった? 机のせいで見えなくて」と相棒。
「終わったよ、二人とも。顧客のヤツらじゃないといいんだが」と返す。
俺と相棒は立ち上がり、敵さん「だったもの」の元へと近づく。
やはり、見慣れない顔つきだ。
なじみのカルテルじゃない、流れ着いた新参者か?
なぜ、白いガキを狙った?
クソッタレ、わからねえ。
ともかくも、顧客とのトラブルにならなくていいのは、ひと安心か。
そう、気をゆるめたとき、カウンターの後ろから短い叫び声が上がった。
「キャアッ!!」
ガキだ、クソッタレ。
動くのが一瞬遅れた。
次に俺たちが見たものは、敵さんと同じような東洋系の男。
そいつが、少女を引きずりながら、酒場の裏口から出て行くところだった。
ほかにも仲間がいたのか、クソッタレクソッタレ。
俺たちはマスターを押しのけて、裏口を出る。
しかし、少女と男の姿はもうなかった。
車を裏に、とめていたのだろう。
1ブロック先の角を、黒い車が、曲がっていくのが見えた。
俺はクソ暑い太陽の下、難しい顔をして相棒を見る。
「どうすればいい? って顔をしてるね」と相棒。
「そりゃそうだろ、急に妙なガキと敵が来て、ガキがさらわれて……」
「悩むことはない。吊られた男だよ」
「は?」
「タロットの12番。犠牲を払って挑戦しなければ、宝物は得られない。お嬢ちゃんを助けよう」
ここでもインテリかよ。
今日はぬるいビールだけでもクソッタレなのに、もうこりごりだ。
「面白くなってきたじゃないか。上手くいったら、ちゃんと冷えたビールをおごろう」
相棒は、不敵に笑う。
俺は、不敵に笑えない。
この狂った世界には、敵が、クソッタレなことが多すぎる。
……まあでも、ガキをヤツらの好きにさせるのは、もっとクソッタレだけど。
探索者はカルテルを「顧客」としつつも独自の道を行く「探偵事務所」のメンバーだ。ある日探索者がサンタフェの酒場にいると、白い少女とその追っ手が飛び込んでくる。探索者は追っ手との銃撃戦に勝利するが、少女は別の追っ手によって連れ去られてしまう。
白い少女を救出した場合、アジトの中から珍しい物品を「拝借」できる。カルテルに売りつければ、それなりの金になるだろう。
その後、少女をインサイド・ステイツ・オブ・アメリカに引き渡し保護させた場合、インサイドから謝礼がもらえるかもしれない。
一方、少女を仲間とした場合、今後の冒険に少女が加わるだろう。本誌 p38「関係表と感情表」を参考に、少女との関係を決めるとよい。
関連NPC 白い少女 ホワイト
「それでお嬢ちゃん、今後はどうするの?」と相棒。
片手には、たぶんちゃんと冷えたビール。
「わからないの、なにも。あのおじさんたちとはもう、会いたくないけど」
白い少女は言う。
大きな耳と、尻尾のようなものを揺らしながら。
「インサイドに保護させればいいんじゃねえか?」と俺。
片手には、たぶんちゃんと冷えてないビール。
「それも一つのオプションだね。もう一つは……私たちと一緒に行くか」
相棒は、突拍子もないことを言う。
「おいおい、今日のを見ただろ? また面倒ごとが……」
「その心配はないよ。さっき顧客に、ヤツらの情報を売ってきた。ヤツらはカルテルにとっても目障りだったらしい。少なくとも、この街からは排除されるだろう」
相棒の発言を聞いて、俺は天を仰いだ。
「そうだ、名前を決めておこう。『ゾウ』って呼ぶのは味気ない。そうだな……『ホワイト』っていうのは? そのまんまだけど、なんだかコードネームみたいでかっこいいじゃないか」
相棒は勝手に話を進める。
「ホワイト……そうね、人間らしくていい名前……」
俺はもう何も聞いてない、聞いてないぞ。
なんもかんも、クソッタレな太陽が悪い。
「どうだい、一緒に来るかい? ホワイトがよければ」
「ええと、わたしは……」
俺はもう、やけっぱちだ。
そして白いガキ、いや、ホワイトの次の言葉を待った。
この狂った世界には、クソッタレが多すぎる。
……ただ、俺は勝手に期待し始めている。
このホワイトが、その数少ない例外なんじゃないかと。
なんせ、この太陽の下、その白さだ。
そのとてつもない白さだけが、やけに涼やかに、見えるのだから。
Illustrated by 接続設定
彼女はもともと、21世紀の日本で生きていたらしい。そこから別の次元へ移動し、さらに移動して、この混沌の異世界に到着したようだ。彼女の生い立ちや素性は、謎に包まれている。無邪気であどけない少女のように見えるが、その奇妙な外見は、いったい何を意味しているのだろうか。
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