呼吸が荒い。駆け抜ける自分の靴の音が嫌に耳につく。
呼吸を荒げながら、貴方は見覚えのない路地裏を走っていた。先ほどまでリトルトーキョーの大通りを歩いていた記憶はあるというのに、如何して今、こんな目に。あの辺りの地図は頭に入っているが、こんな路地、ある筈はない……
ギャアアああァアッッッ!!!!!
まただ。まだ、追いかけてくる。ここはRPGの中の世界でも無ければデイドリームでも無い。リトルトーキョーの裏路地で、化け物が自由に闊歩しているなんてそんな馬鹿な。ある筈がない。
だが、現に今、貴方は追われている。
どん、という重低音。振り返れば遥か後方で、異形の怪物が、黒く冷えたアスファルトに降り立ったのが見える。
シルエットは鹿。だが只の鹿ではないのは見て明らかだった。体高数メートルはあるであろう巨体。二枚の大きな翼。そして翡翠色の体表。今まで一度だって、そんなバケモノじみた鹿など見たことが無い。
バケモノは蹄を打ち鳴らし、こちらに迫ってくる。貴方がもう駄目だと観念した、まさにその時……
風を切り裂く一閃が頰を掠めた。
驚いて後ろを振り返ると、バケモノの脳天には深々と突き刺さる一本の矢。続けて雨とも形容できる数の矢が降り注ぎ、その全てがバケモノに命中する。
バケモノは苦痛からか悲鳴を上げて暴れまわると、諦めたのか、路地の奥の暗がりに姿を消した。
「……アトランティス大陸原産って聞いたけど、やっぱりこっちにも居るんだな。ぺリュトン」
声が暗闇から聞こえる。声のする方向から考えるに、声の主は先ほど弓矢を放った者だろう。
「怪我は無いです? ……あのバケモノ、ぺリュトンは一個体では弱いですが、仲間を呼ばれると厄介です。早いうちに退散させられて良かった」
声の主は貴方に向かって近づいて来、視界にはっきりと現れた。黒を基調とした学生服に身を包んだ東洋系の青年。日本語訛りな英語を聞くに、おそらく日本人だろう。
幸い大した怪我は無い。その旨を伝えると、彼は手に携えた弓を肩にかけ、親しげににこりと笑った。
「それは良かったです。……っと、自己紹介がまだでしたね。僕の名前は黒乃朔馬。良ければ、少し話が出来るかな?」
彼が手を差し出すと、貴方の周りのセカイは少しずつ変わっていき、見覚えのある横道へと姿を変えた。
都《ギルティシェイド》は日常の裏側の世界だ。ふとしたキッカケで迷い込んでしまう可能性があり、そうした場合、多くの犠牲者は神話に語られる魔獣や邪神、怪物たちと遭遇することになる。破壊と狂気に満ちた神話の世界が、意外にも日常生活のすぐそばに潜んでいる……と朔馬は説明する。
その存在は、このナイアル・オブ・パラダイスの世界の中でも異質なものであり、存在はごく一部の者しか知らない。だが今、このリトルトーキョーでは《都》の顕在化がいつもに比べて活発化していると言うのだ。このままでは、《都》と表世界が完全に繋がってしまうのは時間の問題だ。
貴方はこの身に迫った異変の元凶を調査するため、まずは《都》に潜入し、原因を調べる必要がある。
判定前 描写1
「見ての通り僕は筋力も体力も人並み以下だ。ある程度の知識はあるけれど、実質的な戦闘では、あまりお役に立てそうに無い。申し訳ない……」
まあ、誰しも得手不得手はあるものだ、と貴方は思う。気にしないで、と彼に伝える。
「……だからこれは寧ろ、僕からの『依頼』だ。僕と一緒に、この怪異に立ち向かって欲しい」
乗りかかった船だ。貴方は、彼が差し出す手を握り返した。
「よし! そうと決まれば先ずは武器だな。僕自身は上手く扱えないけど、友人に顔の効く武器商人が居る。高級なものは難しいが、手軽な遠距離武器なら手配出来る。有効に使ってくれ」
判定前 描写2
「ところで、さっきの路地裏さ、視線を感じなかった?」
調査中、唐突に振り返る朔馬。彼曰く何処からか、誰かに『見られていた』と言うのだ。
どうやら《都》への道が繋がってしまうのは、強大な魔獣や邪神の類が、裏の世界である《都》から表の世界へ侵食しようとしているサインらしい。 侵食の原因は、一番最初に出会った翡翠色の怪鳥ぺリュトンではなく別の魔獣であり、視線の主もその魔獣だろう、と彼は言う。
「一度でも《都》に行った人はさ、あの世界と『縁』が繋がれるんだ。要は『うっかり迷い込みやすくなる』って事。これは貴方の日常を守る為であると同時に、貴方の自己防衛でもある思った方が良いナ」
貴方は自分に身に突如降りかかった災難に、思わずため息をつく。嗚呼、昨日までの日常がなんと恋しい。
判定成功後 描写
ザッ、とノイズが頭をかすめる感触。
目を閉じて呼吸を整え、次に目を見開いた時。 貴方は驚愕の表情を浮かべた。先程まで都会のど真ん中の中に居たというのに、今貴方の目の前には背の高い植物の並ぶ大草原が広がっていたからだ。
どうやら、なんとか《都》に潜入できたらしい。
「却説、此処からは何が起こるか判らない。よく注意して、元凶を見つけ出…………」
彼が途中で言葉を区切る。どうしたのか、と問いかける貴方も、すぐにその理由を知る事になる。
朔馬の視線の先、青空の中心には、巨大な眼球がこちらを見下ろしていた。直径50mはあるだろうか。視線を合わせると悪寒が走る。あの目だけのバケモノが、この元凶に間違いあるまい。
「悪趣味だねぇ。アレが原因か……。さ、早速討伐したいところだけど、まずは降りてきてもらわないと、当たる攻撃も当たりゃしない。僕の弓でちまちま撃っても良いんだけど、これは貴方が結んだ『縁』だ。偶然とはいえ貴方が契ったのなら、千切るとこまでが責任ってもんだ」
《都》で遭遇した元凶は遥か上空で佇んでおり、このままではダメージを与えることは難しい。まずは少ないダメージを与え、浮遊する眼球を地表付近に接近させる必要がある。
ダメージ付与達成後
攻撃が効いたのか、身震いする眼球。ぱき、ぐちゃ、という猥雑な音が響いたかと思うと、巨大な眼球は黒目のところでぱっくり二つに割れ、鋭く尖った牙を見せる。開いた巨大な口から発せられたのは。、金切り声にも似た叫び声。
あまりの大声に、貴方は思わず耳を塞ぐ。
だが前を向いてみると、朔馬は全く動じていない。真っ直ぐと上空を見据え、弓を構えて声を張り上げる。
「デウス・エクス・マキナに由来持つ我が異能力にかけて、人知れずこの異変。鎮めるべし!」
幕引きの時だ。と彼が好戦的な犬歯を見せる。
自分自身を含め、これ以上迷い込む者が増えないように。
浮遊する大目玉を討ち亡ぼさなければ。貴方はそう決意する。
エネミーデータ 浮遊する眼球
能力値は基本ルールブックの「飛行するポリプ」の基本能力値を参照する。技能など他のデータは異なる。
攻撃方法 触手(50%) ダメージではなく「組みつき」に変更
溶解液を垂らす(60%) 全体に1d6+dbダメージ
薙ぎ払い(30%)全体に2d6+3ダメージ
噛みつき(30%) 組みつき中の犠牲者一人に2d10ダメージ
強力な存在。強い酸性の涙を流し、眼前に現れた者を捕食する。捕食時は、黒目の部分が真っ二つに裂け、大きな口が露わになる。黒目の中心部付近は地表すぐそばまで降りてきている場合、接近すれば近接攻撃も届くだろう。だが至近に接近すれば、溶解液の命中率は60%から80%に引き上げられる。
撃破後、黒乃朔馬との「信頼」を得る。テキサスで困った事があれば、彼は力になってくれるだろう。
また、探索者は他のシナリオ中、なにかの不具合でうっかり《都》に迷い込む事があるかもしれない。そんな時も、彼は力になってくれる筈だ。何故なら貴方は《都》に「縁」を持つと同時に、彼とも「縁」を紡いでいるからだ。
さらに探索者は、朔馬がこの世界に転移した際に落とした幾つかのアーティファクトを見つける事があるかもしれない。もし彼に返すことが出来れば、それ相応の報酬を用意してくれる。(アーティファクトはKPが自由に決めて良い)
付け加えるならば、彼は自分の前で人が死ぬ事を極端に嫌う。例え必要な犠牲なのだとしても、時には彼が敵と定めた者でさえ、彼が関わった者みなが生存できるよう足掻こうとする。もしシナリオ中にNPCもしくは探索者がロストした場合、シナリオの最後で、彼は異能力を用いて時間を巻き戻そうとする。PCは彼の申し出を受けて時間を遡行し、記憶を保有したままこのシナリオをやり直してもいいし、彼の申し出を断ってシナリオを終了しても良い。ただし、その場合は彼からの「信頼」を失うという事を、KPは探索者達に伝える必要がある。
探索者全員生存END
一閃、彼の放つ矢が背中側より撃ち放たれる。最初に路地裏で《都》に迷った時と同じ感覚。でもあの時より、背中を預ける彼は間違いなく頼もしい。
果たして、彼の最後の攻撃により、眼球は灰となり風に吹かれ崩れ去った。虚構は、陥落する。
「ふぅ、脅威排除っと」
世界が塗り替えられる。草原は失せ、青空も消え、一瞬にして人混みと雑多な街に戻された。彼曰く、「世界の裏側から表側に上がってきただけ」という奴だ。
「お疲れ様。これで貴方も、昨日と同じ明日の始まりだ。これは貴方が勝ち取った平穏。手放し難き日常さ。……一緒に戦ってくれたお礼と言っちゃなんだけど、連絡くれたらいつでも手助けに行くよ。これも何かの縁。これからも、どうぞ良しなに」
朔馬はにこりと笑顔を見せ、もう一度貴方に手を差し出す。その笑みは、先程まで戦に身を投じていた者とは思えない、屈託のない高校生のそれだった。
探索者一部死亡END
一閃、彼の放つ矢が背中側より撃ち放たれる。最初に路地裏で《都》に迷った時と同じ感覚。でもあの時より、背中を預ける彼は間違いなく頼もしい。
果たして、彼の最後の攻撃により、眼球は灰となり風に吹かれ崩れ去った。虚構は陥落する。でも______
「脅威は排除した。とはいえ……」
犠牲を払いすぎた。続く言葉はきっとそれだ。貴方達の間には、沈黙という名の重苦しい空気。
仲間の死。言葉以上の重みが、貴方達の肩に腰掛ける。
「やっぱり……」
朔馬が、ぽつりと口を開く。
「やっぱり、こんなのおかしい。ヒトは表で生きて表で死ぬべきだ。こんな腐れきった、社会の舞台裏で死ぬべきじゃ無い」
彼は横たわる骸をちらりと見、その後貴方の方を向く。
「……異能力で、時間軸に沿って貴方を過去に戻す。いわゆる時間遡行だ。いつもは出来ないけど、ここは《都》。異能で出来ない事は無い。……貴方には今までの記憶を残したまま、この全てをやり直して欲しい。急な話で申し訳ないし、僕は貴方達を送り届ける為、一緒に過去へは行けない。でも僕さ、やっぱり喜劇《ハッピーエンド》じゃなきゃ気に入らないんだ」
突然の彼の発言に、貴方は口を開かない。彼は沈黙を了承と受け取り、その手を貴方の額に当てた。その手は温かく、間違いなく生を主張する。
「向こうの僕によろしく。その一言で全部。僕は『これまで起こった事』、つまり過去の僕にとって『起こる筈だった未来』を理解するから」
Illustrated by 接続設定
テキサス近郊に転移した日本人の男子高校生。現在は、リトルトーキョー内の民宿「このは」で、住み込みでバイトをして暮らしている。転移する前も幾度となく、彼曰く「狂気と混沌に満ちた日常の裏側の世界」に足を踏み入れた事があるらしく、現状にはそこまで驚いていない。
社交的な彼は、転移する前に居た21世紀の日本に帰る方法を探しており、アウトサイダー______特に日本から来た者には特に親しく接する。
彼は、小説家になろうなどで連載中のweb小説「安直愚直にエクメーネ」の主人公「黒乃朔馬」と同一人物であり、彼が選ばなかった世界線を歩んだ「別世界の黒乃朔馬」である。性格、思考などは変わらない。
転移前には「禁書」と呼ばれる魔道書の類や「魔具」と呼ばれるマジックアイテムを所持していたらしいが、転移の際に紛失している。だが彼の持つ強力な、「異能力」と呼ばれる力は健在で、味方となった探索者たちの大きな助けになるだろう。(彼曰く、数多く存在する神のうちの一柱の、権能の一部の再現)