"あと一押し"というものが足りない時、君ならばどうするだろうか?
あるいは努力や探索、あるいは諦めや逃避。選択に善悪はなく、定めた道こそが己が正義である。
果たしてこの混沌とした地「ナイアル・オブ・パラダイス」で、それが真に形を成すのかは分からないけれど。
―――あるいは神に祈ってみる。そんな選択も、たまには悪くない。
ここはシュリープポート。美しい観光都市で、夜景が素晴らしいと評判の街だ。
であるのだが、生憎今はのんきにカジノゲームだの、美術館で絵画鑑賞だのをしている場合ではない。
私は切実に助力を求めていた。理由は割愛するが、今手元にあるカードでは目的の達成は厳しいと言わざるを得ない。
頭を悩ませる私に、バーの噂好きな常連がとある噂を教えてくれた。
曰く、今シュリープポートにあらゆる者に対し助力を惜しまない、奇妙な男が来ているという。加えて男は「神」を名乗っているとか。
そして、助力を得るには"条件"を満たさねばならないらしい。この地における神なんて、ロクでもないうえに胡散臭いが……嗚呼まさしく、その時の私は神にでもすがりたい気分だったのさ。
「こんにちは。いい午後だね、そうは思わないかい?」
例の男は、ガーデン・オブ・ザ・ローズのブレイクスペースで優雅にコーヒーを嗜んでいた。
漆黒の髪に深紅の瞳、白磁の如き肌。聞いてはいたが、この公園に点在する彫刻のような人ならざる美しさを感じて僅かに気圧される。
我が身を叱咤し、声をかけて男の向かい側の席へ腰かけた。
「それで?私の助力をご希望かな、ミスター」
途端に男はそう問いかけてきた。私は驚愕の表情で男を見る。まだ何も言っていないぞ。
「そういう目をしていたからね。ああ、自己紹介が遅れたな?私はミュシャ・ルシフェル。君の好きに呼んでくれ」
彼はさも当然のことだと言うように、公園に咲き誇る白薔薇の如く微笑んでみせた。……まさか本当に「神」なのか?そんな馬鹿な。
だが、話が早いのは助かる。私はその通りだと答え、自己紹介をして自らの現状を語った。
目的を達成するための、もうひと押しが足りていないこと。その際に噂を聞いたこと。彼は特に口を挟むこともなく、真摯に私の話に耳を傾けていた。
「本当に、神様がいるなら助けてほしいぐらいだよ」
そんな冗談を呟いて、一通り話し終わると彼は足を組み替え―――逐一、仕草が優雅な男だ―――先ほどとは異なる、期待に満ちた表情で私に告げた。
「はっはっは!なら丁度いい、実は私は神様をやっていてね」
「君の事情は把握した。では……話をしよう。私の出す"条件"を満たすがいい」
それはさながら、神が人に試練を課すが如く、であった。
何らかの理由で助力を求めた探索者は、とある噂を耳にする。
自ら神を名乗り、それでいてあらゆる者の手助けを惜しまない、そんな奇特な男がいるという。
ただし助力を得るためには、男が出す"条件"を満たす必要があるそうだ。できるできないは別として、挑戦してみる価値はあるかもしれない。
"条件"を満たすことに成功したら、彼の助力を得られる。だが彼は探索者たちに同行し、共に戦ってくれるわけではない。理由を尋ねられたら、彼は「だって、私はこの物語の舞台俳優ではないからね」と微笑むだけである。
その代わり、探索者は彼から価値Aのアイテム「朱雀の尾羽」を入手することができる。
1シナリオに1回だけ、彼のイデオロギーを借り受けられるユニークアイテムで、効果は2種類あり、どちらか好きな効果を1つだけ選択することができる。効果の選択は、アイテム取得時に探索者に決定させること。
気取っていたのは、あるいは自分だったのだろう。
彼が出した条件は「君の覚悟を示すこと」だった。初めは意味が分からずに呆けていたが、このまま引き下がるわけにもいかないと、自分なりに覚悟を彼に伝えた。 「足りない」と彼は冷めた目で、つまらなそうに返す。足りない?どういうことだ。私はこんなにも真剣だというのに。
「君の語る覚悟はあまりに『見本めいている』んだよ。稀に本当にそれを豪語する愚か者もいるけれど、君は違うだろう?」
彼はいったい何を言っているのだろう。私に、何を言わせたいのだ。心がざわついて、耳鳴りのように煩わしかった。
奥底に押さえこんでいたモノが、喉をせりあがってくる。彼はコレを見せろと、暗にそう告げているのだろうか。
こんなにも華やかで美しい薔薇園で、こんなにも泥臭いモノを吐き出せと。分かっていて、理解していてそう言うのか。
「そう言うんだよ、ミスター。それとも、君の覚悟はその程度かい?」
その言葉で何かが途切れた私は、堰を切ったように彼に言葉をぶつけた。
今対面している猟奇事件を解決し、人々の不安を取り除くためだ、と。だがそんなテンプレートなど私にはどうでもいいのだと。
私は、友人を無残な物言わぬ死体にした犯人に、復讐してやりたかった。方法が事件を解決することなのか、私自身が新たな犯罪者となるのかは、分からないが。
だが相手は強大で、現状では噛みつくことですら不可能だろう。だからこそ、噂でも構わないと助力を求めたのだ。
不思議とその時、周囲に人は見当たらなかった。艶やかな薔薇に囲まれながら、私の口/心から吐き出される泥水のような言葉の雨を、彼だけが静かに浴びていた。
私が一通り吐き出し終わって、肩で息をしながら顔を上げる。彼はパチン、とフィンガースナップをして微笑した。
「よろしい、私でよければ君の力となろう。君がこの力をどう使うかも気になるしね」
「……あなたはいつも、こんな風にその……人を、暴いているのか」
「人間の唯一絶対の力、それは自らで道を選択することだ。その時こそ、その者の真価が現れる。それこそが覚悟というものさ」
「……性格が悪いんだな、あなたは」
「よく言われるよ。だがミスター、君はさっきよりとっても魅力的だぞ?ああそれと、条件は満たしたからね。これを」
彼が懐から出したのは、尾羽だった。炎のように煌めいて、手にしていて熱くないのが不思議なほどだ。これが助力なのだろうか。
「ただ一度だけ、願えば君の背を押してくれる代物だ。具体的には私の力を中継して、君が行使するのだが…細かいことはいいだろう。存分に使うがいい、私に観測させてくれた報酬さ」
彼の瞳は慈愛に満ちていた。声をかけようとした瞬間、一陣の風が吹き荒れて薔薇園を揺さぶった。舞い上がる色とりどりの花弁に、私は思わず目を閉じて、尾羽を放さないように手を固く握りしめる。
突風が収まってそろりと目を開けると、そこには空っぽになったコーヒーカップと、主(あるじ)を失った真っ白なチェアーがあるだけだ。
夢を見ていたのかとも思ったが、私の手の中には確かに、変わらずに煌めく尾羽がある。加えて不思議と、私はすっきりとした心持ちになっていた。
まるで風と共に、心の澱すらさらっていったような……白昼夢の如き、午後の一幕だった。
……私の話はこれでおしまい。え?事件の結末はどうなったかって?それはまた、別のお話さ。
君にも覚悟があるのなら、探して会いに行ってみるといい。
ちょっと意地悪で性格が悪い、それでいてお人好しな―――あの神様に。
Illustrated by 接続設定
自らを朱雀という神様だと紹介する、胡散臭いが美しい男。
曰く、化政時代という所から、不確定要素であるナイアル・オブ・パラダイスを観測しに来たのだという。
彼の言葉は柔らかく掴みどころがないため、周りの者は彼を「面白い冗談を言う男」だと認識するだろう。
だが彼の言葉は―――概ね真実をさしている。何故って、神様は嘘をつかないし約束を守るからね。
そして時折、彼の助力をあてにした相談者がやってくる。
もし彼の出す"条件"をクリアする自信があるのなら、助けを求めてみるのもいいんじゃないかな?
なに、心配することはない……だって私の前では、すべてが平等なのだから。
※本コンテンツはエルシャダイ、天下繚乱RPGの二次創作です