――混沌の楽園に興味はありませんか?

…目覚めて早々幻聴とは参った、これはきっと夢の続きだろう。
そう思い無視しようかと思った。しかし声は鳴りやまない、頭痛までしてきた。

――その楽園へ連れて行ってあげましょうか?

ああ、きっとこれは悪い夢だ。だからおざなりな返事をしたって仕方ない。
そんなものが本当にあるのなら、どこへなりとも連れていけ、と。

――その言葉、聞き届けました。

その言葉と共に、意識が再びまどろみに落ちる。
きっと夢から覚めるのだろう、そう思っていた。
思っていたかった…。

――ここは、どこだ?
目が覚めたらそこは何もない荒野、見覚えのない西部劇のような格好に、果てには自分の手には触った事さえないはずの回転式拳銃…リボルバーが握られていた。
何の冗談だ、悪い夢だと失笑しそうになる。あまりの荒唐無稽さに気が狂いそうにもなる。
しかし、これが夢なんかでないと理解するのにそう時間は掛からなかった。

身ぐるみ剥がそうと襲い来る強盗や、見た事も聞いた事もないような異形の存在、それらがこっちの事などお構いなしに自分の命を容易く奪おうとしてくる。
慣れない手つきで、迫りくる恐怖に怯えながら、それらを返り討ちにしても拳銃から伝わる何とも言えない感触が、これが夢なんかじゃなく現実であると伝えてくるようで恐ろしい。

荒野を彷徨いながら、来る日も来る日も命を奪ってはそれで食いつないで、右も左も分からない世界で、一人きりである事をこれほど恐ろしいと感じた事は後にも先にもないだろう。

一歩間違えればああなるのは自分だ、そう考えると引き金を引く事がたまらなく恐ろしくなる日もあった。これは夢ではなく、現実なのだから。
何が楽園なものか、これではただの地獄じゃあないか!

しかし、そう思っていたこの世界も悪い事ばかりでもなかった。
辛うじて町までたどり着いてみれば、俺の名前がすでに伝わっているようだった。
驚いて聞いてみると、どうやら返り討ちにした者の中に名うての賞金首がいたらしい。
それが高じてか付いたあだ名がキラーハンター、殺人鬼狩りという意味らしいがもう少しマシなあだ名をお願いしたかった。

それから、この世界の事を少し聞いた。
ナイアル・オブ・パラダイス、混沌と狂気渦巻く不可思議な楽園。
元居た場所と年代をほぼ同じくするアメリカに存在するとされる閉鎖空間の世界。

あらゆる時代、あらゆる場所、あらゆる価値観が混在しているという混沌の世界。
少なくとも、この世界の真相を知る者は未だおらず、元の世界に帰る方法も不明らしい。

得た情報はどれも、今の自分を悲観させるには十分すぎるものだった。しかし、いつまでも悲観してもいられない、今は帰れないのならば生き抜くしかないのだから。

しかし、右も左も分からないこの世界で果たしてこれから生きていけるのだろうかと不安に思っていた矢先に、この町で保安官をやっているらしいケビンという男に声を掛けられた。

――それなりに腕が立つなら、お前も保安官になってみないか?

なんでも、ニューメキシコはホワイトサンズ近辺の保安官がつい最近、ならず者たちに殺されたらしく、ならず者たちや異形の化け物から町を守れるほど腕利きの保安官を探していたらしい。

この世界の事も分からない、この先何をすればいいかも分からない、何より先立つものがない。そんな俺がその申し出を受けると返答するのは時間の問題だった。

かくして、この世界で保安官として生きていくと決意を新たにした俺は、町までたどり着いた「来訪者」の世話をしたり、時折来るならず者や異形を撃退する日々を送る事となったのである。

ある日はかつての自分と同じように荒野を彷徨っていた者を町まで送り届けたり。
またある日はならず者たちの徒党を、罠と銃で追い払ってみせたり。
またある日は町に襲い来る異形の化け物を町人と力を合わせて打ち倒したり。

そんな事をしていたら、いつしか町人からは名前をもじって「レイヴン保安官」なんて呼ばれるようになっていた。以前のあだ名よりはよっぽどいいと町人と笑い合ったりしたのもいい思い出話だ。

しかし、どうにも満たされない部分もある。自分の中に眠る渇望、きっと故郷に帰りたいという気持ちがどこかに残っているのだろうと思い色々模索するも何かが得られるはずもなし。そんな焦燥感が、正体不明の渇望をより強いものへと変えていく。
そうやって、現状の自分を良しとするのか自問自答する日々もあった。

そんなある日、一つの知らせが届いた。
ホワイトサンズ国定記念物、大砂丘地帯にて多数の遭難者を確認。
十分な備えも見受けられず、放置しておくのは危険であるとの知らせだ。

遭難者たちの近くにはオアシスがあるらしいが、水源を求めて凶暴な動物がうろついているという話を聞く。おそらく遭難者たちが自力でたどり着く事は不可能だろう。
俺が知る他の砂漠と違いそう暑くはないはずだが、水さえ満足に確保できないのは致命的だ。このままでは全滅も時間の問題かもしれない。

すぐ助けに行かねばと思ったが何より人手が足りない。
今までならず者や異形の存在の脅威に晒されてきたせいで屈強な男達もここにはほとんどおらず、自分一人では恐らく全員を助ける事は不可能だろう、そう思った矢先に…

――天運が舞い降りた。

何の因果か偶然町を訪れた探索者たち、自分一人ではどうにもならなくとも、彼らの手を借りればあるいは…そう思った俺は彼らへ声を掛ける事にした。

「ちょうどよかった、君たちに頼みたい事があるんだ!」

白き渇望

捜索サブシナリオ

マクガフィン
遭難者の救命
目的
水を提供し、安全を確保する
障害
オアシスの水源付近に危険な動物がいる
舞台
ニューメキシコ/ホワイトサンズ国定記念物

導入

探索者たちは、ホワイトサンズに自分達と同様にこの世界へ迷い込んだ人物がいるという知らせを聞き、地域の保安官「烏丸夜行」から助けに行ってもらえないかと依頼をされる。

障害の導線と解決

どこで
ホワイトサンズ国定記念物
なにを
遭難者の行方
どうすべきか
発見する。<聞き耳>や<追跡>、あるいは人探しに役立ちそうな技能に成功する事によって、10人ほどの遭難者を発見する事ができる。しかし、遭難者は脱水症状によって危険な状態である上に人数も多く、探索者が遭難者用に余分に用意したであろう水だけでは足りないらしい

目的の導線と解決

どこで
ホワイトサンズ国定記念物
なにを
オアシスの水源
どうすべきか
安全を確保する。オアシスの水源には同じく水を求めて近寄っている凶暴な動物がいる。何かしらの動物除けの手段を講じるか、あるいは実力行使に訴えて動物を追い払う。または、動物に気付かれないように遭難者を連れて行き水を飲ませてもよいだろう。(戦闘を行う場合はモンスターデータ「コモドドラゴン」を参照、3体ほどいるが1体倒した時点で他は逃走する)
ただし、戦闘で5R経過するか、その他の手段に関する判定を3度失敗する度に遭難者が1人死亡する

報酬の導線と内容

遭難者を無事町まで連れて行き、保安官から報酬を受け取る。遭難者を全員無事に連れ帰る事が出来た場合は、さらに価値Bの「シルバーバレット」を1つくれる

エピローグ

「ふぅ、あいつらも追い払えたか。これで遭難者たちも何とか助かるな」
撃退した動物を遠巻きに見ながら、安堵したように一息つく。今回も天は俺に味方した。しかして、彼ら探索者たちがこの場に来ていなければ、彼らの知恵や協力がなければ今頃遭難者たちや俺はどうなっていた事か…考えるだけでもぞっとしない。

オアシスで回復した遭難者たちを町まで送り届けながら、探索者たちに問う。
「何のために旅をしているのか」と。

彼らは口々に答えてくれたが、それらはどれも「自分たちの未来のため」だそうだ。
そのためにこの世界に散らばる謎を解き明かし、世界の真相に至ると彼らは言った。

今の俺にはまぶしくて、到底真似できそうにないけれど、
…そう思った俺の胸にも同じくらいまぶしく光るものがあった。

町の皆からの信頼の証、今の自分の存在証明たる保安官バッジ。
そうだ、彼らは彼ら、俺は俺でそれぞれが別々の道を歩んでいるに過ぎない。
そこに優劣などなく、自分の手で選び取った道ならばそれこそがきっとまぶしく映るものなのだと。

そう気づかせて、今の自分も悪くはないのだと思わせてくれた彼らはやはり…
俺にとっての”天運”だったのだろう。

混沌の楽園、ナイアル・オブ・パラダイス。
この世界が何のために生まれ、何のためにあり、何のために俺が呼ばれたのかは分からない。そのすべてを解き明かすのはきっと俺の役目ではない。
けれど、もしもそこに何か意味があるのだとすれば…それはきっと、こうして俺を迎え入れてくれたこの世界と、その住人に報いるためなのかもしれない。

故に、この思いを俺は伝え続けようと思う。
生きる意味を失うなかれ。見える先に絶望しかなくても、進み続ければきっと、君の行動に報いるだけの何かがあるはずだから。少なくとも俺はそうだった。だから、どうか…

「…グットラック。これから先の未来、君たちに幸運がありますように」

夕陽に背を向けて去っていく探索者たち、その背中を見送りながら俺はそうつぶやいた。

からすま やこう 烏丸夜行

Illustrated by 接続設定

人種
アウトサイダー
職業
シェリフ
拠点
ホワイトサンズ国定記念物
性格
観察者/強欲
イデオロギー/レイヴン
使用できるタイミング:戦闘開始前
シナリオ同行中一度だけ、天性の直感と観察眼で敵意を見抜くことが出来る。敵対する存在が持つ全ての攻撃手段とダメージを開示する事ができる。
探索者シート
https://t.co/LoGvl7iiu7

現代日本から何の不幸か迷い込んでしまった青年。気づけば西部劇のような格好で荒野に立っており、放浪の旅をしていた。強盗や異形の存在に襲われる日々だったため、天運と直感を頼りに返り討ちにしていたらついたあだ名が「キラーハンター」。その後、とある保安官の紹介によってホワイトサンズ近辺の保安官として就任する事になった。今では「レイヴン保安官」と呼び親しまれるまでになっている。

著 クドウ(敬称略)

https://twitter.com/sikirei_kudou

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