TRPGはコミュニケーションのゲームだ。
君たちは、探索に悩んだとき、判定に悩んだとき、参加者同士で意見が衝突したとき、冷静になって互いの意見や価値観を尊重し合い、話し合うことで穏便に解決することが出来る、素晴らしい知的生命体だ。
だが、しかし…!
時には、自分の意見を譲れない時もある!相手を受け入れることが出来ないこともある!なぜなら、それもまた人間であり、人間とは矛盾した存在だからだ!
そんな時、アメリカの西部劇のような荒野では、このような展開が行われることを君もイメージできるかもしれない…。
「このコインが表だったら俺の勝ち。裏だったらアンタの勝ち。さぁ… 投げるぜ。それっ!」
あるいは…
「抜きな!どっちが早いか勝負だ。そう、互いに背をあわせ… 一歩、二歩、三歩、四歩、五歩、六歩、七歩、八歩、九歩… 十歩!!」
バキューン!バキューン!
とかね。
ここはニューメキシコのとある荒野。
荒野の中央には、底が見えないほど深い谷。
谷に掛かるは、古錆びた木造の橋。馬車や車は渡れそうだが、キィキィ、キシキシと小気味のいい調べを奏でてくれそうだ。
橋を挟んで、西には鋭い眼光を持つインディアンの勇者「ジェロニモ」。
橋を挟んで、東には雄雄しきアメリカの荒ぶる将軍「ジョージ・アームストロング・カスター」。
それぞれの後ろには、百何名もの者達が馬に乗り、武器を構え、非常に殺伐とした、あるいは溢れ出さんばかりの血気を放つ機会を、いまかいまかと伺っている。
「我々の神は…。我々の神は!我々の大地を白人共に渡すのを許してはいない!!歴史の過ちを正すべく、この混沌たる世界を与えたのだ!」
「白人の力を、その身を持って思い知ったっていうのに、まだ理解していないのか野蛮人。土地は金を払って買った者の所有物だ!貴様らのような原始的な生活をおくる者どもが、この土地を管理する資格は無い!」
ウォォォォーーーッ と、対峙する両者の言葉に続き、背後の仲間たちが互いに叫びをあげる。
今は、南北戦争時代でも、西部開拓時代でもない。第二次大戦中でも、米ソ冷戦時代でもない。様々な戦いの歴史を越えて、幾多の屍を越えて築き上げた、平和を愛し、多様性を理解しあう21世紀なのだ。
だというのに。
だというのに、それでも。
「それでも… 人は同じ過ちを繰り返そうとするのか。」
遠くから彼らを見る、南北戦争時代の将軍「ロバート・E・リー」は、溜息混じりに、そう呟く。
「とんでもない!君は、まだこの世界のことを知らなすぎるだけだよ。思い込みという、同じ過ちを繰り返そうとしているのは君ではないのかね?」
インターネットというもう一つの世界を生み出した男「ヴァネヴァー・ブッシュ」は、かく語りき。
「よいかな?我々の知りうることが出来るものは、いつだってちっぽけなものだ。安定したいというのは人の本能だ。過去の価値観や常識に囚われてしまうのは人の性(さが)だ。」
「変わるというのですか?あの二人が。この世界ならあるいは?」
「いや」
かぶりをふりながら
「変えられるのだよ。」
宇宙人との接触や交渉を秘密裏に行ってきた「MJ-12(マジェスティック・トゥエルブ)」の組織に居たその男は。
「変えられるのだよ。世界にね。」
「ヴァネヴァー・ブッシュ」は、かく語りき。
場面は戻って、また荒野。
対峙する者どものボルテージは最高潮。
「言っても無駄か…!神に血を捧げねばわからぬようだな白人ッ!」
「流してやるさ!そして大好きな地面に這いつくばり、有難く啜れインディアン!」
バァンッ…!!と、天に轟く銃声…!
「ウォォォォーーーッ!!!!!」
それを合図に、地を揺るがすほどの怒号をあげ、駆け抜ける者達!
駆け抜けるイナナキ!
風を切る人馬!
鉄の刃を掲げ!
鉄の筒を構え!
「「「「「「殺せぇッ!!」」」」」」」
ドゥッ!
ドゥッ!
ドドウッ!ドウッ!
ダダダッ!!ダダッ!!ズババババッ!!!
…ーーーーーーーーーーーン ドウッ!!ババッ!ズガァァン…!!!
(はじまった)
「始まってしまった…」
"また"始まってしまった。血を血であらう、土煙舞う、泥にまみれた戦いが。
「この世界でもう何度目になるのか…。やはり彼らのような争いを無くすのは不可能ではないでしょうか、Mr.ヴァネヴァー。」
「ふーむ… 33.916167… -108.223556」
「ミスター、何をしているのです?」
「君は知らないかもしれないが、この辺りで過去にちょっとした"事件"があってね。いや、君からすれば未来に。因果関係というものだよ。初めて膜を破る時は、痛みと共に血を流し、血は地に染みて、知を与える。抉じ開けられた遥かなる大虚空(ヴォイド)より、ぬるりと煌く触手を持つ邪悪なる神が、この地球を支配せんと目論む。」
「な、何を…?」
「フフフ… 因果だよ将軍。そしてそれは周期でもある。彼らはいわば自分達の領域を奪い合い争っている。それは大いなる邪神達の太古のハルマゲドンだ!私はこの瞬間を!この場所でこの瞬間を待っていたのだよ!さあ、座標は合わせた!来るぞ…!来るぞ来るぞ!イア!イア!クトゥルフ・フタグン!偉大なる暗黒神よ、われらの前にその姿を現したまえ!!」
「!? あ、あれは…!」
男達が砂煙をあげ争う、その上空。一粒の光が輝きはじめ、それは輪を広げるように徐々に、徐々に大きくなっていく。
「おお…!来たか… 来たぞ!待っていた!」
そして、光の穴から… ヌルリと現れる触手。
「ミスター!?あなたは何を!何をしようとしているんです!!」
触手の下で争う男たちは気づかない。互いを傷つけたその血を、ビシャビシャと大地にしみこませていく。それはまるで、大地の神に血を捧げるかのように…!
「世界に変えられると言っただろうリー将軍。メメックス(インターネット)で、この世界を劇的に変えた私なら出来る確信はあった!!さぁ!現れよ!!新しい世界の変革を告げる邪神よ!!」
「ウォォォォーーーッ!!!!!」
争う男たちは気づかない。
天は光り輝く。
ズルズルと這い出る触手。
「死ねぇ!ジェロニモッ!!!」
互いに銃を向け
「カスタァーーーー!!!」
ズルリ
バァーーーーーンッ!
…………………………
…………………
…………
……
…
互いに撃ち合った銃撃。
両者は微動だにしない。互いを睨み付けた真剣な表情のまま、固まっている。
周囲のものどもは、両者の激突が、どう決着のかゴクリと固唾をのむ。
「…………………。」
ズルリと。
ズルリと、片方が倒れ…。
ない。
「………?」
「…………………?」
二人は勿論、周囲にも怪訝な空気が広がる。
(手ごたえはあった)。
言葉にしないが、二人は二人とも確信があった。
(…が、何故だ?)
倒れないどころか、なんともない。
(?)
「あ、あれ?俺死んだんじゃ…」
「んん?この体を切りつけられて死ぬほど痛かったんだけど…」
「馬鹿な!俺の脚はインディアン野郎に切り落とされたはず!!」
(????????)
(どういうことだ?)
(どういうことだ?)
(どういうことだ?)
「うげぇ!なんだコレ!血じゃない!」
「なんか、ベトベトしてるぞ…」
「なんだ… 青緑色して気味悪ィ」
周囲を見渡すと、砂煙は一切無く、血の匂いも全くせず、負傷者や死者はまるで何事も無かったかのようにキョトンとしている。
そして血の代わりに、辺り一面に広がる、青緑色の粘着質の物体。
「か、神よ!これは一体…」
「なんだぁ… どういうこった!」
あり得ない状況に、背筋も凍るゾッとする気配が漂う。
「何が…何が起こっているんですミスター!」
「フフフ… 降臨されたのだよ将軍。大いなる邪神が。」
不気味だ… まったくもって不気味だ。理解が出来ないというのは根源的な恐怖だ。
まるで…。まるで、この大地が不浄なるものに。ありえべかざるものに。
名状しがたきものに、侵蝕されたようではないか!!
…………………。
ドクン。
ドクン、ドクン。
…………………。
ドクン、ドクン、ドクン…。
…………………。
ズ ル リ
あれ~~~~?
ココどこですか?
センパ~~~イ!!
モブ「!?!?!?!?!?!?」
ジェロニモ「あ、あなたが神か…!?」
カスター将軍「どういうことだってばよ…」
ヴァネヴァー「何なのだ、これは!どうすればいいのだ!?」
リー将軍(えっ)
インディアンの勇者「ジェロニモ」とアメリカの軍人「カスター将軍」の度重なる争いをなんとか出来ないかと思った南北戦争時代の「リー将軍」は、ナイアル・オブ・パラダイスの中でも高度な知識を持つ、インターネットを作った男「ヴァネヴァー・ブッシュ」に相談した。
だが「ヴァネヴァー・ブッシュ」は、その争いを触媒に、過去にニューメキシコで宇宙人が落ちた「ロズウェル」の地で、クトゥルフ神話の邪神召喚を目論む。
しかし「ヴァネヴァー・ブッシュ」本人が言ったように「世界は変わる」ものであり、召喚の目論みは外れ、天から落ちてきたのは、異世界からやってきた、タコの擬人化のような少女「イイダ」だった。
「イイダ」の周囲では、刃物や火薬が、人に害の与えないインクを撒き散らす「ブキ」となる不思議な現象が起こり、彼女の行く先々では血生臭い争いが出来なくなっていった。しかし、それでは腹の虫が収まらないと、業を煮やした者達に「イイダ」が提案したのは「コウヤノナワバリバトル」。
敵対する者同士が違う色のインクを使い、制限時間内に多くのインクを撒き散らして、たくさんナワバリを自分達のイロで染めた方が勝利!というものだ。
それからというもの、何か揉め事が起こった時は「コウヤノナワバリバトル」で決着をつけるというのが、流行りだした。
混沌の世界は多様性に寛容とはいえ、それでも揉め事は起こるだろう。それは探索者同士かもしれないし、プレイヤー同士かもしれない。あるいは、キーパーとプレイヤーで対立してしまうこともあるかも…。
「今日もナイパラのかたスミからイイダがおとどけします」
血生臭いモヤモヤした争いの匂いが立ち込めそうになった時「イイダ」は現れるだろう。
無益な「アツレキ」を気持ちよく解消するために「コウヤノナワバリバトル」を提案するのだ。
「今日のステージはこちら!それじゃあ、みなさんガンバってください」
「ぬりたく~る…テンタクル!!」
「コウヤノナワバリバトル」のルール
「コウヤノナワバリバトル」は、3分で終わるアクティブなバトルだ。一対一でもチーム戦でも良い。通常の戦闘と同じように、DEXの早い順で行動する。探索者は自分の番に「塗る」「相手を攻撃する」の2つの行動ができる。
塗る
ナワバリを塗る。通常の戦闘のように、技能判定を成功させ、ダメージの値を出す。「ダメージの値」が「塗れた値」であり、これを最後に集計して多い方が勝ち。ブキ(武器)は探索者が持っていれば、何を使ってもいいよ。戦車とか戦闘機を使ってもいいよ。
相手を攻撃する
通常の戦闘のように、技能判定を成功させ、ダメージの値を出す。相手の耐久力も通常通りに減るが「コウヤノナワバリバトル」が終わったら全部回復する。「コウヤノナワバリバトル」の最中に耐久力が全部無くなったら、自分の番は2回休み。2回休んだらその次の番から、耐久力が全回復して、再び行動できる。
回避
「コウヤノナワバリバトル」の最中は、全員何回でも<回避>できる。でも、全員一律<回避>は50%。そういうルール。
制限時間
3分。3分経ったら終わり。ストップウォッチを用意して遊ぼう。
制限時間その2
「塗る」「相手を攻撃する」「回避」、自分がいずれかの行動が出来る時、ぐずぐずしたり、意図的に時間経過をさせてはイケナイ。自分の行動が終わるまでに、10秒以上かかったら、その場で耐久力がゼロになって2回休み。みんなで秒読みしてあげよう。「コウヤノナワバリバトル」は、アクティブなバトルなのだ。
決着
3分経ったらオシマイ。「塗る」で出した数値を集計して比較しよう。数値が多い方が勝利。オンラインセッションでは、後で分かりやすいように、ダイスロールに名前が残るようにしたり、オフラインセッションでは、ダイスの出目を記録してくれる書記を頼める人を探そう。
バトルに勝利した探索者は、「イイダ」に自身の持ち物の武器のひとつを「ブキ」に改造してもらうことができる。「ブキ」になった武器はインクを吐き出す。インクをかけられた相手は、次の行動の際に、あらゆる技能判定が-10%し、戦闘中であればDEXが-1される。効果の重複はしない。また「ブキ」での攻撃は、攻撃した対象の生命体の耐久力を1以下に減らすことができない。本書の世界の「ブキ」は非殺傷武器。
Illustrated by 接続設定 ぬりたく~る…テンタクル!!
スプラトゥーン2に登場するセクシーなタコ。二人組のアーティスト「テンタクルズ」の一人。DJで機械や音響に詳しくて、高い歌唱力を持って、バイクに乗ったりしていて、バイリンガルらしい。本書の世界での彼女は、邪神召喚に失敗したのか成功したのか、よくわからない原因で呼び出されてしまった別の世界の住人。元々いた世界と雰囲気の近いテキサスのオースティン、音楽やテクノロジーなどのインタラクティブな複合祭典「サウス・バイ・サウスウェスト」で、よく見かけることができる。アウトサイダーなアーティスト「レジェンダリー・スターダスト・カウボーイ」などと仲がいいかもしれない。