なんだって? 1杯奢るから、酒の肴代わりに、昔話しろって?
……しょうがねえなあ。なら―――
この間、不思議な少年と会ったときの話をしてやるよ。
俺はルイジアナの東寄りにある街、『ジェイル・ハウス』に住んでいた。そう、“牢獄”さ。物騒な名前だろ?
だが、あの街にはお似合いの名前だ。というのも、この街は入ったが最後、二度と逃げ出すことは出来なかったからだ。
甘言と優しい顔で、言葉巧みに誘い込まれた旅人は、荷物を没収され、代わりに新しい身分と仕事と平屋の家を与えられ、晴れてその街の『住人』となる。
いざ逃げようにも、街の周りはシンクホールがデタラメに空きやすく、下手に逃げ出せば文字通り地獄へ真っ逆さま。
勿論この街の『入り口』へ至るルートは安全が確保されているが、当然それらもマフィアの監視下だ。
『誰も外に出たがらない楽園』等というデタラメを純粋にも信じ切った俺も、あえなくこの街の餌食となった。
マフィアに逆らった奴らは、皆この街から居なくなった。街外れのシンクホールに投げ込まれたともっぱらの噂だったな。
とは言え、町の外に出られないことと、毎月みかじめ料を収めなきゃならないことに目をつぶり、これからの人生全てを諦めさえすれば、衣食住は整っていたし、それなりに生きていく事は出来た。うっかりマフィアどもの機嫌を損ねなければ、だが。
そんな俺が働く酒場に例の少年が来たのは、丁度今日から1週間前の話だ。
「あのう、すみません」
店先をホウキで掃いていた俺に、恐る恐る話しかけて来たのは、腰までを覆う藍色のローブを着た少年だった。
尖った耳、縦に裂けた真っ赤な瞳、真っ白な頭髪。
身長は俺よりも頭1つか2つは低く、年の頃は15歳ぐらいに見えた。
「なんだ? まだ店開けてないし、そもそも子供が来ていい店じゃないぞ」
「いえ、この世界について、少しお尋ねしたくて……外の世界とは、ワケがだいぶ違うみたいですから」
話を聞くと、彼はこの世界に迷い込んだばかりの新人で、右も左もわからないまま、よりにもよって『ジェイル・ハウス』に来てしまったんだそうだ。
あの街に新人が来た時の正解は、無視を決め込んでトラブル回避に務めることだった。
しかし俺は、あえて親切にしてやることにした。
世の中何が起こるか分からない。ひょっとしたらなにか事が好転するんじゃないかと思ったし……それに、子供には優しくするのが俺のモットーだったからだ。
今思えば大正解だったな。
俺は、酒場の向かいにある家電屋の店頭に飾られたテレビを指さした。それを見た彼は確か、その赤い目をまんまるに見開いてたな。
ほら、覚えてるだろ。この間テキサス州に墜ちたUFOのニュース。あれが映ってたんだ。
「ここはこういう世界だ。なんでもありだ。過去と未来、虚構と現実をミキサーにかけて、アメリカにぶち撒けた場所。いっそフィクションなんて言葉、忘れた方が良い」
俺はそんなふうに、この世界を説明した。UFOの次のニュースは、リンカーンとケネディの会食日程についてだった。
「な、なるほど」
彼は顔をコレ以上無いほどに引き攣らせながら、続けて俺に尋ねた。
「それで、この街はどんな所なんですか?」
「デッドエンド(行き止まり)だよ。この街の入り口はマフィアが管理している。逃げようとすればたっぷりの鉛玉を手土産に、あの世に行くハメになる」
俺は端的に説明した。
「どうりで暗い顔をされているわけですね」
しかし、ことの重大さが分かっていないのか、彼は不思議そうな顔を浮かべるばかりだった。
「なんだ、他人事みたいに。アンタも逃げられないんだぞ?」
「いえ、僕は大丈夫ですよ―――親切に教えてくれて、ありがとうございました」
彼は腰を折って、頭を俺に向けて下げると、そのまま店先を去ってしまった。日本人がやる“お辞儀”ってヤツだ。
で、その日も俺は、酒場での雑用を一通り終わらせ、酔客に絡まれない内に、店の裏口から逃げるように帰宅した。
家までの帰路は街灯も少なく薄暗い。どうか虫の居所が悪いマフィアどもに見つからないようにと願いながら歩を進める。
前方で破裂音が響いた。あの街で鳴る破裂音なんて、相場は決まっていた。銃声だ。
反射的に頭を抱え身を竦める。伏せるのは悪くない判断だが、すぐに走り出せなくなる。
俺はすぐ近くに停まっていた自動車の影に駆け込み身を潜める。
2発目の銃声は、いつまで経っても聞こえてこなかった。
終わっただろうか? 俺は恐る恐る再び帰り道を辿る。
その途中、俺は見つけてしまった。
まるで街灯に照らされる様にして、その日会ったばかりの少年が、頭から血を流して地面に倒れ伏しているのを。
遠くからでも目立って見える真っ白な頭髪が、血で真っ赤に染まっていた。
きっと目についたから狙われたのだろう。そして、よく知らないから抵抗して、頭を撃ち抜かれて、殺された。
嫌になったよ。何故その少年が殺されたのか、よく理解できた自分が。
俺は少年に歩み寄ると、仰向けにしてやって、ぼんやりと開いたままの目を閉じてやり、胸の前で手を組ませ、額に空いた穴が目立たぬように、前髪を整えてやった。
俺に出来たのはそのくらいだった。この街に、これ以上死体を弔ってやれる様な余裕はなかったんだ。
一体何だってんだ、俺やこの子が何をしたっていうんだ。
神の不在を確信して空を見上げた。月が赤く霞んで見えたのを今でも覚えている。
心の中に色んな思いが去来した。
『一言でも気をつけろとか言っていれば』
『家にかくまってやればよかったのか?』
後悔や罪悪感がドロドロに混ざって、膿のように頭の中に溜まっていった。
「……逃げたい」
思わず口から言葉が漏れ、自分で笑ってしまった。
逃げるって、どこへ? この世界に迷い込む前に居た場所か?
それともここではない他の街か? どうやって?
その時だった。
『それが願いで構いませんね』って、頭の中で声が聞こえたんだ。
その声が、その少年の声と同じだって気付いて、俺は視線をその遺体に向けた。
遺体が、紫色の炎のようなものに包まれて浮かび上がり、彼の頭に空いていた穴は見る見るうちに塞がっていった。
そして音もなく足から着地して―――目を開いたんだ。
頭を撃たれて死んだ奴が、ひとりでに生き返ったんだ。めちゃくちゃ驚いたさ。
「お陰で助かりました。ありがとうございます」
彼はローブの土を払いながら、俺に礼を言った。
「お陰でって―――何が?」
「“願い”ですよ。『逃げたい』って、言ってくれたでしょう? ……“僕たち”は、人の願いを叶える事を対価に、蘇ることができるんです」
そんなバカな、死者が蘇ってもいい道理は、この『ナイアル・オブ・パラダイス』にだって無いはずだ!
―――と思ったが、目の前の少年は、どう頑張っても『甦った』としか表現できなかった。
「アンタ、一体」
俺は、怯えと好奇心が綯い交ぜになった視線を彼に送った。
「そう言えば、自己紹介がまだでしたね」
彼は右手を胸に、左手を背に当て、気取ったお辞儀をした。そうそう、ヨーロッパの貴族がやりそうなやつ。
「白 央理(つくも おうり) ―――ただのしがない魔法使いです」
魔法使い。彼はそう名乗った。
俺はと言えば、目の前で色々なことが起こりすぎて、何を言うべきか、どうすべきか分からず、ただただあんぐりと口を開けるだけだった。
「さて、貴方のお願いを叶えたい……んですが、1つ問題がありまして―――」
彼が困った様に呟いた瞬間、地面がぐらりと揺れて、俺は尻餅をついた。
地震とは違う、誰かが世界を抱えて揺すったような、奇妙な揺れ。
俺は起き上がり、何が起こったのかを把握して―――再び、絶句した。
建物という建物、道という道が、シュールレアリズムの絵画の様にねじ曲がっていたのだ。
町の中央にそびえ立つ時計塔は、まるでみぞおちを殴られたかのように頭を垂れていたし、街を東西に分断するメインストリートは、錯視画像の様にグニャグニャと曲がりくねり、見ているだけで遠近感が崩壊していった。
「実は死んでいる間に、大切な魔道書を奪われたのですが―――あの魔道書は、僕が管理していないと、周囲が魔法でめちゃくちゃになってしまうんです」
「このままだと、ヤバいのか?」
「ええ……多分皆死にます」
彼はそう答えた。周囲で、この現象に気付いた住人たちの悲鳴が上がり始めた。
「それで、もし良かったら、あの人達から魔道書を取り返すの、手伝っていただけませんか?」
「お、俺が?」
「お願いします!……僕達魔法使いは、人の力を借りることでも魔法を使うことができるんです。だから!」
彼は祈るような顔で俺の顔を見つめてきた。
俺は再び空を見上げた。空はまるでゴッホの『星月夜』の様に渦を巻いていた。
彼の顔は、物乞いが道行く人に『お恵みを!』とか言うときと同じ、初めから断られる事を覚悟している顔だった。
そんな顔を子供がしていることが―――
「……仕方ねえ、手伝うよ」
どうにも、俺は腹立たしかったのだ。
なんだ? 死ぬかも知れないのに、本当にそんな状況で手伝ったのかって?
そりゃそうだろ。もしも彼が失敗すれば、それでも俺は死ぬことになっていたんだろうし、それに、言っただろ?
俺は子供に優しく接するのがモットーだって。
探索者はルイジアナ東部のマフィアに支配された街『ジェイル・ハウス』の住人である。
この街はシンクホールに囲まれているため、探索者は迂闊に逃げ出せずにいたのだ。
そんな折、この街にアウトサイダー『白 央理』が訪れる。
白と会話をして別れると、その日の夜、探索者はマフィアに殺された彼の遺体を発見する。
探索者が思わず『この街から逃げ出したい』と頭に浮かべると、突然彼は蘇り、マフィアに奪われた魔道書の奪還を探索者に依頼する。
その一方で、街は白の手を離れた魔道書『歪』により、見るも無残な姿へと変貌していく。
魔道書「歪」の回収に成功し、最後まで白が生存していれば、彼は貴方の願いを叶えるため、<浮遊>でシンクホールの多発地帯を飛び越え、安全な街まで送り届けてくれる。
更に白は、協力してくれた礼として、以下の内1つを報酬として選ばせる。
報酬を使用した場合の効果は『マギカロギア』準拠なので、KPは価値以外の効果を削除して構わない。
アルハザードのランプ
Bクラスの価値があるアラビア風ランプ。使用するとキーパーから危機を回避するためのヒントを貰うことができるが、使用した人物の耐久力と正気度が1d10点減少する。
黄金の蜂蜜酒3つ
Cクラスの価値があるお酒。飲むと暫くの間、酷暑や極寒など、過酷な環境に多少耐えられる様になる。また、ビヤーキーの使役にも使えるが、白はビヤーキーを知らないため、別途知識が必要。
また、プレイヤーが望むならば、白の覚えている呪文の内、いずれか1つを教えてもらえる。基本P113の項目【他の人から呪文を習得する】を参考に処理をすること。
このシナリオ後、白はナイアル・オブ・パラダイスの全貌と、ここからの脱出方法を調べるため旅に出る。
探索者も同じ目的の冒険に向かう場合、彼を誘えば付いてくることだろう。
―――というわけで、魔道書を取り返した俺は、彼に願いを叶えてもらって、シンクホール多発地帯を飛び越え、この街にやって来たってわけさ。
……信じてない顔だな。まあいい。
そう言えばアンタこれからデイドリームに行くんだったな?
この間電話で『今度はデイドリームでこっちの世界の魔法事情を調べる』とか言ってたから、ひょっとしたらそこで会えるかも知れないぜ?
それと、俺からアドバイスだ。『人を見た目で判断しないように』。そうすりゃアンタにもツキが回ってくる。
いや、『奇抜な格好だからって、冷淡に応対するな』っていう話じゃなくて……
俺より6つ年上だったんだよ。その魔法使い。
Illustrated by 接続設定 ―――ただのしがない魔法使いです
STR7 CON6 POW15 DEX10 APP14 SIZ9 INT15 HP8 MP15 ダメージボーナス-1D4
正気度減少:初めて白が蘇生する所を見た場合1/1D6
魔法使いの青年。
一般人から魔法の脅威を隔離する魔法使い達の学派、『大法典』に所属していたが、恒星セラエノにある彼らの拠点『アレクサンドリア図書館』に謎の門が現れ、このナイアル・オブ・パラダイスに飲み込まれてしまう。
彼はこの世界でも一般人を救うべく、このナイアル・オブ・パラダイスからの脱出方法を探り続けている。