まぁ、なんというか、こんな事もあるものなんだなぁって。
そこらじゅうを歩く人々は、着物を着ている人なんか誰もいなくて、みんな『じーぱん』『てぃーしゃつ』だとか『すーつ』とか、それから中には『わんぴーす』なんて言う凄く動きにくそうな格好をしている人もいる。
そんな中にポツンと、2振りの刀を携えた私は立っていた。
私は、整備された天を突くほど高い建物に囲まれながら「またか」と思ったと同時に、今までにない違和感の様なものを感じていた。
誰も私のことを見ようとしない。
いや、中には私の事をじろじろと見ている人もいる。ただ、そう言った人達からは、恐らく私にしかわからない『異邦者』の臭いがした。
「さて……また頓珍漢な世界に来てしまったようね」
それでも私は、表情を曇らせたりはしない。
宮本武蔵は、どんな状況でも楽しむ女剣士なのだ。
前に似たような世界に来た時とは違って、ここでは誰も私の刀について触れようとしなかった。
当然、中には恐怖の感情からという者もいたかもしれないけれど、多くの人はさも当然のように、或いは少し珍しいな、と言った程度。
街ゆく人々に聞いて回った結果、どうやらこの世界は私が今まで渡り歩いた世界の中でも、とびきりおかしな世界だったようだ。
ない……無い、有る?何とか。
とにかく、混沌とした異世界。そういう場所で、ここはその中でも東洋人の多いりとる東京という所らしい。
「まぁ、空気が吸えて、お天道様が見えれば……私はどこだって良いんだけどね」
近くの公園で、芝生の上で大の字になりながら、そんな独り言を呟く。
思いっきり伸びをして、太陽の熱を全身で感じる。じんわりと体が暖かくなって、それからふと腹の虫が鳴く音が聞こえた。
「……あとはうどん、かなぁ」
実は、さっき街の人に話を聞いた時にうどん屋の場所も聞いておいた。だから、本当であればまずは腹ごしらえをしたい所なのだけれど、何せ手持ちがない。
この街ではどうやら『どる』と言う単位のお金でやり取りが行われてるらしいけど、残念ながら私は持っていない。
以前1度同じ通貨単位の世界には行ったことがあるけど、それももうだいぶ前の話だ。
「どこかに悪漢でもいれば、成敗してついでに手間賃を貰うんだけどなぁ」
そんな事を考えていると、ふと遠くから喧騒が耳に届く。
おや、と思って体を起こすと、なんということか。
今まさに呟いた悪漢達が、気の弱そうな少年を取り囲んでどこかへ行こうとしてるでは無いか!
これはいい機会だ。私は飛び起きると、刀をいつでも抜ける体制で、悪漢と少年たちが入り込んで行った路地へと駆け出した。
薄暗い路地の奥、さっき見た悪漢達の声が聞こえる。
「なぁ、簡単な話だろ?ちょいと金を貸してくれってんだ、何も取ろうってんじゃねぇ。俺達だって穏便に済ませてぇんだよ。分かってくれるか?」
「耳を貸す必要なんかないわよ、少年」
「誰だ!」
悪漢達が私の方を一切に振り向く。それにつられて、さっきからずっと下を向いていた少年も顔を上げた。
整った顔立ちに、金色の髪。くりりとした目は緑色で、見ていると吸い込まれそうだ。
はっとして我に返る。いけないいけない、今はそんなところじゃなかった。
悪漢達も、私が少年に見惚れ……いやいや、少年を見つめていた事に気が付いたようで、不思議そうな顔をしていた。
「なんだてめぇ、こいつの連れか?変な格好しやがって」
「いやいや、正真正銘彼と会うのは今が初めてよ。ただちょっとだけ助けがいるかなって思っただけ」
「あぁ?いらねぇよ!俺たちは今こいつと仲良くお話してるとこなんだから邪魔しねぇでくれるかな」
そう言って、男は懐から黒く光る鉄の塊を取り出した。見た事がある。あれは確か、鉄砲の、もっと性能が良いやつ。私にとっては未来の武器だ。
「なぁ、わかったらさっさとどっか行けや」
そう言って、銃口を真っ直ぐに向ける男を見て……私は思わず笑ってしまった。
「何だてめぇ!何がおかしい!!」
「何がおかしいって……私に言わせるの??あはは、可笑しい可笑しい。だって、そんなに上手に三下を演じる人、私初めて見たわ」
なおも私は笑う。悪漢は額に青筋を浮かべながら、1度は下げた銃口を私に向かって素早く向け直した。
「ふざけやがって!!死ねこのクソアマァ!!」
銃声とほぼ同時に、私は小太刀を引き抜いて一閃した。ガチン、という音が聞こえ、数秒後に地面に金属が落ちる軽い音が聞こえる。一瞬の出来事に、悪漢達は何が起こったのかを理解しきれていない様子だった。
「うんうん、狙いは良いじゃない。それともその鉄砲の性能がいいのかしら。でも残念、私にただの鉄砲で挑むのはちょっと怖いもの知らずかな」
「て、てめぇ……一体何もんだ!」
震えながらも威勢をはる悪漢を、私はキッと睨みつけ、もう一振の太刀を腰から抜き両手で構えをとる。
「お前達の様な悪逆非道の輩に名乗る名前など、私は持ち合わせていないッ!」
そして、私は路地を蹴って男たちに向かって駆けだした。
わずか数十秒で、路地に立っているのは私だけになっていた。一応、根が腐りきった悪党という訳では無さそうだし、何よりこの世界に来たばかりで、ルールもわからず殺しをするのは憚られたので峰打ちにしておいた。
悪漢に囲まれていた少年は、いきなりの出来事に驚いたのか、へたりこんでしまった。うんうん、そんな所も愛いぞ少年。
「驚かせてごめんね!私は宮本武蔵、君は?」
少年は、尚も僅かに震えながら私に短く名前を名乗った。
「そう。まぁ見てのとおり、コイツらは私がやっつけといたから、今のうちに逃げなさい。追ってが来ても面倒でしょ」
すると少年は、また私に短く礼を言うと、フラフラと立ち上がって路地の外へと走り去って言った。
本当は連れて歩きたかったけれど、まぁ、怯えてたし。それは可哀想だろう。
「おっと、いけない。本命を忘れるところだった……っと」
その辺に転がっている男達の身ぐるみを適当に剥ぎながら、私は財布を幾つか手に入れた。
「ひい、ふう、みい……うーん、まぁ流石に紙幣が5枚もあればうどんは食べれるでしょう」
中身だけを抜き取り、財布を適当に男達の横に転がしておく。うどんと、ついでにしばらくの生活費くらいにはなりそうな額のお金を懐に押し込むと、私は路地を後にした。
……あれ?なんか私、ただのアウトローじゃない?
いやいや、違うんだけどな。こう見えてもれっきとした剣士で、そこそこ名も知られてる。男の方だけど。
……でもまぁ、この街でならこんな生活もありなんじゃないかな。
晴れ渡る青空の下で、私は狭い空を見上げながらそんな事を考えていた。
探索者達は、リトル・トーキョーで流浪人の女剣士の噂を聞く。派手な和服に二刀流の規格外に強い剣士が、最近マフィアとよくドンパチしてるらしい。
好奇心から、探索者達は剣士について調べる事にした。
マフィア達を倒し、うどんも無事なら武蔵は残りのうどんをかきこんで、ついでにマフィア達の財布から金をせしめて店主に適当な代金に色をつけた金額を渡して「早くここを出ましょう、そのうち追っ手が来るわ」と足早に店を去ろうとする。
もしうどんをこぼしてしまったら、少し落ち込む。代金は払うが、マフィアには酷く腹を立てる。殺しはしないようだが。
探索者達と共に店を出た武蔵は、拠点にしていると言う廃屋に探索者達を招いて自分の境遇を話してくれる。
世界を転々と渡り歩く性質を持つこと、うっかりナイアル・オブ・パラダイスに来てしまったこと、自分が別の世界の宮本武蔵である事などだ。
探索者達も一緒に戦うなら、彼女の剣を見てそれが嘘ではないと感じるだろう。
武蔵は探索者達に「ともあれ、あなた達悪い人じゃなさそうね。前にもあなた達みたいな人に会ったことあるの、その人は魔術師だったけど……」と話す。
ひとまず、武蔵は探索者達に対しては好意的に接してくれるため、ここで関係性を結んでおいてもいいだろう。
武蔵は探索者達に対して「困った事があったらいつでも呼んでね!あ、いつまでここにいられるかはか分からないけど」と話してくれる。
以降、探索者達はリトル・トーキョーを始点とするシナリオ、またはシナリオ中にリトル・トーキョーを訪れるなどの手段を使えばいつでも宮本武蔵と同行することが出来る様になる。
Illustrated by 接続設定 さて……また頓珍漢な世界に来てしまったようね
伝説の剣豪、宮本武蔵その人……であるかどうかは定かではないが、少なくともそれに見合うだけの剣術を持っている女剣士。
彼女の設定についてはスマートフォンゲーム『Fate Grand Order』の該当するシナリオを参照してほしい。ネタバレは極力控える。一つだけ付け加えるなら、このシナリオで想定している彼女は『ロシアの後』だ。
謎の多い剣士だが、どうやら異なる世界を転々としているようで、その内の1回としてこの混沌の異世界にやってきた。悪を許さず、正義を振るう。探索者達があと、うどんには目が無い。