……許されざる奇跡、破滅に向かうだけの献身、縋ってはいけない想い。
貴方たちはそんな歪な感情を抱いた事があるだろうか、私はある。ええ、ありますとも。
許されざる奇跡を願って、かつての世界と決別した者がいた。
破滅に向かうだけの献身を以て、傲慢にも手を伸ばし続けた者がいた。
縋ってはいけないと知りながら、想いを捨てきれなかった者がいた。
これはそんな愚かな私の――
いや、”私たち”の末路の先の物語。いずれ聞かせる事もあるかもしれないわ。
けれど、貴方たちが興味を抱いているのは私たちではなく、
私たちが蒐集したモノに対してである事は重々承知。だからあえてこう言いましょうか。
――いらっしゃいませ、今日は如何なご用事で?
貴方たちの”奇跡の前払い”に、私は応えましょう。
――ここは、デイドリームのどことも呼べぬ荒れた道中。
希少な物品を取り扱う行商人の噂を聞きつけてか、訪れてくる者は少なくない。
ふと見かけた、見るからに粗暴な雰囲気の男もきっとその一人だろう。
やがてその男は、私を見つけるとジロジロと視線を向けて…その後、
辺りを見回すとがっかりしたように私へ問いを投げかけた。
「そこの嬢ちゃん、この辺にいるっていう噂の行商人がどこにいるか知らないか?」
…呆れた、今回の客もハズレ。この場においておおよそ”人”と呼べそうな者が、
私と自分自身以外にいない事さえ見抜けないのかしら。
そう思うとふと口から出まかせが漏れ出た。
「あら、それならさっきここを通り過ぎて城下町の方へ向かったわよ?」
「おお、そうかいありがとよ」
驚いた。あまりにも心外だったから適当な嘘を言っただけなのに、
男はそれを信じて立ち去ってしまった。
けれどまぁ、本質も見抜けないような者を相手にするほど私も暇ではない。
この世界における物品にはそれぞれ違った価値が秘められているというのだ。
であるならば、価値の本質を見抜けない者と取引をするだけ時間も価値も無駄というもの。
私が扱う物品が、この世界において希少であると分かっているならなおさらだ。
そうやって物思いにふけっていれば、また次の客が来た。
次の客は辺りを見回した後に私へ向き直って問いを投げかける。
「やぁ、君が噂の行商人かい? 小さいのにすごいんだね」
「……ええ、そうよ」
ひとまずは及第点といった所だろうか、しかしこの物言いなら次の台詞は予想がつく。
「「それにしても、噂の行商人がこんなに小さな娘だなんて思わなかった」」
ほら、二言目には私を小娘と侮ったような発言。
現に一言一句違わず言葉を重ねられた相手は驚いたのか二の句が継げないでいる。
「驚いたかしら? 今の発言をしたのはあなたで36人目。私からしたら聞き飽きたわ」
実際に侮っていたかは知らないが、気味悪がったのか次の客も逃げ帰ってしまった。
手間が省けたと言えば聞こえはいいが、こうもまともな客にありつけないと困ってしまう。
何せ、希少な品を蒐集する事は出来ても、大衆が普遍的に価値を見出す物品には縁がない。
この世界では望めば大抵の物が手に入るというわけではないのだ。食料も例外ではない。
「ハァ…熱いコーヒーが恋しいわ。あの子が淹れてくれた紅茶も悪くはないけれど」
場所が悪いのかと思い荷物をまとめようとしたその時、つい面白そうなものを見つける。
あれは…若い男女だろうか、服装から見るに私と同じ異邦人のようだが。
やがて彼らはこちらを見つけると、期待を込めた表情でこちらに近づいてくる。
「ねぇねぇ君、ここがどこだか分からない? あ、ごめんごめん自己紹介が先だったかな?
私は――」
こちらの都合などお構いなしとでも言わんばかりの矢継ぎ早な質問攻め。
普段なら切り捨ててあしらう所だったけれど――
「私はライ、ライ・ロードメイズ。残念だけど私もあなた達と同じ異邦人だから、
ここがデイドリームと呼ばれる場所である事以外はあまり知らないわよ?」
「へー、聞いた事もないや。それはそうとその大量の荷物は? 重くない?」
「平気よ、それより私あまり人が多いのは好きじゃないの。
分かったら向こうの城下町にでも行きなさいな。その方があなた達にも有益なはずよ」
「じゃあ一緒に行こうよ? ライちゃんもここの事あまり知らないんでしょ?」
……首を突っ込めば面倒な事になるとは分かっていた。
けれど何故か、どこか懐かしいような気持ちに流されて気づけば会話が進んでいた。
こういう相手なら、右も左も分からずとも相手にするのも悪くない。
「一緒には行けないけど、そうね、せめてもの餞別に。
――いらっしゃいませ、今日は如何なご用事で?」
このイベントの趣旨は主に「通常では入手困難な物品やセンス・オブ・ワンダー等の入手手段としての存在」「他サプリ等からの物品・呪文の導入による遊び方の拡張」「物品や情報の取引・入手案の提示による難易度調整役」等を想定している。
最近、「デイドリーム」に二人組の不思議な行商人が現れるという噂が流れ始めた。希少な「価値ある物品」等を扱っているという話もあり、探索者はその行商人を探して話を聞いてみる事にした。
提示された条件を達成するか、相応の物品を提示すれば行商人は取引に応じる。
提示された条件を達成した場合は達成した条件一つにつき、下記の「希少な価値ある物品一覧」もしくはKPが導入した物品から一つ選択して入手可能。
物々交換の場合は下記の「希少な価値ある物品一覧」もしくはKPが導入した物品から選んで取引が可能。
ただし、行商人から入手した物品には「呪い」と呼ばれる制約が1つ付与されている。「呪い」については下記の「呪い一覧」の項を参照する事。
希少な価値ある物品一覧
この一覧にはクトゥルフ神話に登場する異界のアイテムや、呪文を書き記した魔導書などをサンプルとして記載している。KPの裁量によっては下記の物品以外に、ルールブックや様々なサプリメント、またはオリジナルの「魔導書」や「異界のアーティファクト」等の様々な物品を交換対象として用意してもよいかもしれない。
価値S:「大地の謎の七書」
クトゥルフ神話において中国方面の人々にとって重要な要素が記された魔導書。呪文に関する記載の欠けもなく、呪文書としても有用かもしれない。
価値S:「イブ=スティトル」のマントの切れ端
「デイドリーム」を観測しているとある神格が持つマントの切れ端。羽織ることで7点のあらゆるダメージに対して有効な装甲を持つ。
価値A:「ヌトセ=カームブル」の盾
「デイドリーム」で本来崇められていたはずの旧き神が持っていた耐久力25点の盾の複製品。下級のモンスターから狙われにくくなる「旧き印」の加護が刻まれている。
価値A:銀の光のクリスタル
魔術的影響を打ち消す光が封じ込められたクリスタル。所持している者が掛けられた魔術的影響を一度だけ打ち消すことができる。一度使用すると、クリスタルが割れて光が霧散してしまう。
価値A:夢見る人の破壊的な覚え書き
「デイドリーム」の旅人が武器に頼らずこの世界を生き抜くために覚えた、破壊的な呪文の覚え書き。1d3個程度の他者や霊体などを傷つけるための呪文やセンス・オブ・ワンダーが記されている。
価値B~S:「古のもの」の水晶
マジックポイントが込められた冷たい水晶。5点~50点程度のマジックポイントが込められているが、込められている量によって価値が変動する。
呪い一覧
行商人が扱う物品はどれも曰く付きの物品であり、探索者が手にする物品も例外ではない。下記の一覧に記載されているからいずれか一つの呪いが入手した物品には付与されている。KPは探索者が物品を入手する際に、その物品にどの呪いが付与されているかを決定する事。(裁量によっては、ここに記載されているもの以外の呪いを新しく作ってもよい)
呪い:The only one
この物品は行商人から最初に受け取った所有者にしか扱えない。また、物々交換や他者に譲渡したりできず、所有者が死亡した時に失われる。
呪い:Article of a curse
所持しているとセッション終了時に1D3点の正気度を喪失する。また、この物品の価値は一段階下の物として扱われる。
呪い:Article of a dream
この物品は「デイドリーム」では十全に使用する事ができるが、その他の場所で使用するためには、一度の使用につき1点のMPを消費しなければならない。また、「デイドリーム」の住人以外はこの物品を「価値ある物品」として認識しない。
「それにしてもいいの? なんだか凄そうな物ばかりだけど貰っちゃって」
「いいのよ、ちょうど留守にしている従者の代わりに色々やってもらったのだし、
行動には対価で応えるのが私のやり方よ」
「へぇ、他にも一緒の人がいたんだね? その人にも会えたらよかったなぁ」
「……まぁ、星の巡り次第では会えない事もないかもしれないわね」
そんな会話をしながら、自身が扱っている”商品”を彼らに手渡す。
多少の扱い方と、その物品に付きまとう”呪い”についての手ほどきをしながら。
――そう、この世界で私が見る”希少な品”というのは得てしてどれも曰く付きなのだ。
それこそ、これと認めた主以外には扱えぬ代物や、持っているだけで心を蝕む物もある。
扱いを一つ間違えれば、持ち主を破滅させるような代物もあるのかもしれないが、
どうするかを決めるのは私ではなく彼らだ。故に意思を尊重しよう。
「あなた達の旅にとって、きっと役に立つものではあるはずだけれど…
持っているのが苦しくなったら手放しなさい。希少なものではあるけれど、
価値を見出せないものを抱え続ける旅ほど苦しいものもないわ。ええ」
彼らは礼を言ったかと思えば、私を見つける前と同様に自分たちの旅路へと戻っていく。
それにしても我ながら珍しい事をしたものだと、背中を見送りながら苦笑する。
何せ、見ず知らずの相手を散々振り回したかと思えば、
その対価と称して希少な品を渡したり、挙句の果てには親切にも忠告までして。
これじゃあまるで――
「今は遠い…昔話でも見ていたようだわ。あの頃の私はむしろ真逆だった気もするけれど」
ふと空を見上げ、久々に絵を描いてみる。なんて事はない平凡な絵。
かつての仲間と笑い合っていた平凡な日々。それと、この世界に来てからの日々。
過去も今もひっくるめて私だと、キャンバスに映る光景が教えてくれる気がした。
――そんな感傷に浸りながら物思いにふける。
想いや願いといったものが自分たちの命運を左右する世界から、
この混沌渦巻く、何もかもが不確かな世界に渡った時はどうしようかとも思ったけれど、
見て、聞いて、話して、心が通じ合えば大抵の事はどうにかなるというのは共通らしい。
「それにしても、歩くのも疲れるわ。しばらく休憩、その後は町にでも行きましょ」
そんな誰も聞いていないであろう独り言を呟きながら、一休みをする。
この混沌の世界では準備と警戒はいくらしても損ではないはず。決してぐうたらではない。
それに、せっかくどこもかしこも何が起こるか分からないような世界に来たのだ。
それこそ、刺激的な明日を求め続けるには準備などいくらしたって足りないだろう。
まぁ、右も左も分からないような人たちに気付かされるとは思わなかったけれど。
ならもう少しこの世界で歩み続けるのもいい。果たしてこれが「有り得べからざる奇跡」を
願った罰なのか、「外の世界」を望み、それが叶った結果なのかは分からないけれど。
Illustrated by 接続設定 いらっしゃいませ、今日は如何なご用事で?
「屋敷」という場所から迷い込んだ、絵描きとその従者を自称する二人組。二人とも小柄な「少女」と呼ぶのがふさわしい容貌をしており、共に警戒心は薄い。不思議な力に敏感なのか、彼女たちの機嫌が良ければ道中で集めたであろう希少な品を物々交換で譲ってくれるかもしれない