あなたは「混沌都市ナイアル・ネオ・ファンタズマ」に巻き込まれた探索者だ。
だが、しかし―
「あなたは既に“この世界で”死んでいる。」
ある日、ある時、ある場所で。
それは2019年の日本かもしれないし、1920年代のアーカムかもしれない。
ヴィクトリア女王時代のガスライトかもしれないし、大正ロマンのかほりが陰鬱な暗さを仄めかす昭和かもしれない。
比叡山の炎上に戦馬が嘶き、暗黒の時代の森に邪魅が蠢き、キングスポートの港に夜霧が漂う。
あなたはその景色を見たことがあるし、その街の空気や匂いを嗅いだこともある。
その時代の雰囲気を感じたこともあるし、その土地の風土を味わったこともある。
あなた自身はこのことに身に覚えがないかもしれないが、それは今のあなたが知覚出来ていないだけで、あなたは本当は全て知っている。
…訂正しよう。“今の”なんて、そんな言葉も意味のないこと。
今、この瞬間にも、あなたが知覚する現在過去未来、ありとあらゆる場所にあなたは永遠に存在し続けている。
だからあなたは“あなたが既にこの世界で死んだ世界”に呼ばれることになった。
この世界のあなたが無くなったその隙間の形は、同じ魂の形をしたあなたでないと埋めることは出来ない。
それが遅かれ早かれ… という時間軸すら意味のないことだけれども、だから真空を許さない宇宙のエネルギーの法則の引力が、空いた穴にあなたを引き寄せた。
でも、あなたはそんなことを知らない。
たとえあなたが第四の壁を破って、世界の外側に干渉したり、世界を外側から見たりすることができたとしても、あなたはそれを知覚することができない。これは四を超えた五の話なのだから。
だからあなたは出会わなくてはならない。あなたはまだ“体験”しかしていない。
多元宇宙の世界は、“体験”と“理解”が伴って、初めて“真の理解”に辿り着くことができる。
“真の理解”に辿り着いた者は、あらゆる恐怖に立ち向かう勇気を持ち、あらゆる混沌の世界を泳ぐ技術を見出し、あらゆる偉人達の知識の蓄積を得て、勇気と技術と知識を持って、“行動”することができる。
だからあなたは“理解”を得るために出会うのだ。“体験”と“理解”を持った彼女に出会うのだ。
蜘蛛はその糸を飛ばし、糸を紡いで、糸を張り巡らせて巣を作る。
巣の糸は、あらゆる世界を繋ぎ、あらゆる世界を結び、あらゆる世界を引き合わせる。
八本の足は八つの世界。その巣は見えない世界のネットワーク。
あなたが知覚出来ないネットワーク。多元宇宙のネットワーク。
ハッピー・リ:バースデー。新しいバースにようこそ。今日はあなたがあなたに生まれ変わった日。
前のあなたは、混沌の渦に飲み込まれてしまったけど、今のあなたは大丈夫。
だって“体験”したから。これから“理解”できるから。
たとえ恐怖が目の前に立ちふさがっても、人間達の“技術”や“知識”といった大いなる力があれば、自分を信じて“勇気”持って飛び立てるよね。
でも、気を付けて。力の使い方。力のことを知らなければ、あなたは誤って、多くの人を傷つけてしまうことになる。
―だから、忘れないで
「大いなる力には、大いなる責任が伴う」
「………し………も………。」
もの凄い頭痛が痛い。痛い。マジで。頭痛がするじゃない、頭痛が痛いってレベル。
「………も…し…………ま…かー…………。」
声が響く。頭に声が…。やめて、ガクガク揺らさないで。
「もしもーし!死んでますかー!?」
死んでたら返事するわけないじゃん…。馬鹿なの?やめて、難しいこと考えさせないで。
「おー… きー…」
「ろぉぉぉぉぉぉ…!!」
光が差し込む。瞼を指で無理やりこじ開けようとしている。完全に落ちている瞼が、天岩戸を開けるようにゆっくりゆっくりと動き、視界に眩い光が差す。
「目ン玉… 動いてるね。この指何本に見える?一本?そう正解。」
彼女はそう言いながら
「おはよう。そしてハッピー・リ:バースデー。」
手の甲をこちらに向けて、中指を一本突き立てながら
「起き上がれる?新しいバースにようこそ。」
逆さまに天井に張り付いていた。
「…えっと。」
私は天井に引っ付いてる彼女を見上げながら
「ここはどこ?あなたはだれ?それと…私は何でここにいるの?確か起きる前は、こんなところに居なかったんだけど…。」
「ここは現在過去未来が同時に存在する、幻想ロマンの混沌都市。私はクトゥルフ神話とダブルクロスとアメコミユニバースが融合した世界で生まれた“阿美はる”。あなたがここに居る理由は、この世界のあなたが死んじゃったから、多元宇宙の因果の法則で、あなたというピースを埋めるために、あなたが別次元の宇宙から呼び出されたの。他の宇宙は別に欠けてもそういうことは起こらないんだけど、この混沌都市は全体を包括する多元宇宙と非常に近い類似性を持つから、真空を許さないんだ。」
…ヤバイ、全部説明してくれてるんだけど、何を言ってるかさっぱり理解できない。
「ゴメン、あなたが理解できないと分かってて説明した。どの程度まで理解できる?あなたは西暦何年くらいの人で、どのくらいの理解があるのか知りたいんだ。」
私は彼女… “阿美はる”さんに、自分の理解できる(といっても、単語を理解できるという意味だが)範囲と、私がどこの誰かを説明した。
「ふーん、なるほどね。これまでの感じだと、2030年以降の人にはあまり説明無しで理解してくれて、2000年前後ならパラレルワールド。それより前の人には本当の意味とは違うけど、多元宇宙を言っても理解できないから、天国とか地獄とか死後の世界ってことにしちゃってる。」
ええと… つまり私は、今まで私が存在した世界とは別の世界に来ていて、その理由はこの世界の私が死んじゃったから、その埋め合わせってことか。
「…なんとなく、わかった。わかんないけど。それで… 阿美さん?は、何をしている人なの?」
「はるでいいよ。私もあなたと同じ。元々別の世界に居て、そこから来たの。それで右も左も分からない時に、ある人に助けてもらって、それ以降、私と同じようにこの世界に飛ばされてきた人の手助けをしてる。あ、普段はアルバイトしながら学生として普通に生活してるよ、普通じゃないこの世界で。」
「そうなんだ…。一番気になることだけど、はるがここに居るってことは、多分… 元の世界には戻れないんだよね?」
「そうだね。元の世界に戻る方法を探すためにも、別の世界から来た人達と繋がって協力してる。」
「はー… そっか。じゃあ、まずはこの世界で生活できるようにしなきゃなぁ…。はる、私は縺セ縺壹←縺?☆繧後?縺?>縺ョ?
!?!?!?
「えっ…!?」
なに?何今の?私の喋っている言葉が、突然壊れたロボットが喋る変な声みたいなのになって…!目の前の視界がモニターがバグったみたいに、変なエフェクトが出て…!
私は驚いて、腰を抜かして倒れてしまった。
「あー、生活確保の前に“次元パラドックス”を解決しなきゃね。」
「次元パラドックスって何…?それも2030年以降の人ならわかるの?」
「んーん、これは私達だけの言葉。ええとね、あなたは今、この世界に存在しているけど、それは本来有り得ないことなの。ぱっと見なんでもないように見えるけど、あなたが知覚できないところ… そうだね、次元と次元の食い違いが起きてるとでも言えばいいのかな。人の身体の中にウイルスが入ったら体が反応するでしょ?そんな感じ。」
「この世界に別の世界の私が入り込んだから、それで異常が出てる…?」
「そういうこと。ちなみに多元宇宙を理解できない時代の人には、あなたは魂や霊的存在で、この世界の肉体とあなたが切り離されているから、そういう状態になるって説明をしてる。」
「私、どうなっちゃうの?どうすればいいの?」
「そのままだと、あなたは次元分解を起こして存在が崩壊する。病原菌を排除するように、この世界から排除されてしまうの。でも安心して、私がここに無事存在しているように、解決方法はあるから。」
ふと気が付くと、私の身体に起きていた“次元パラドックス”は、既におさまっていた。どうやら一時的に出てくる現象みたい。
「“次元パラドックス”を解決するには、別次元のあなたを、この次元に馴染ませる必要があるの。そのために、この世界で死んだあなたを探し出し、この世界のあなたを受け継がなきゃいけない。」
「受け継ぐって… 何を?」
「何でもいい。何でもいいけど、とても大事なもの。例えば、意志とか信念とか想いだとか、その人をその人たらしめるもの。」
「…象徴?」
「かもね。思い出のペンダントとか、愛用の武器とか、決め台詞とか、それは人によって様々。言葉で説明できなかったり、目で見えなかったりするけど、確実に存在するものが、そこには込められているの。」
「どうすれば受け継ぐことができるの?」
「わかんない。それも人によって様々。単純にモノだった場合は、それを貰えばいいと思う。思いや思想だったら、その人が遺した日記や本を読むことだと思う。その人が誰かに強く愛されていれば、その人の話を聞いて愛を確かめることだと思う。」
「はるはどうだったの?」
「私は… 私の場合は、その人は死ぬ直前だった。逆に私はその時、元の世界で大きな事故に巻き込まれて、生死の境を彷徨った後、目を覚ます直前だった。病院のベッドで目を覚ましたと思った瞬間、この世界に飛ばされて、死の直前のその人と対面したの。」
「…それで?」
「直接教えてもらった。冷たい手で私の手を握って、眼を見て、多元宇宙のことや、その人のこと、私のことを教えてくれた。すると、私の中に不思議な力が流れ込んできて、あらゆることの真実を理解できるようになったの。その時のことは言葉で全て説明できるものじゃないし、理屈とか論理とかそういうものでもないと思う。」
「それで、その人は息を引き取った…。」
「そう、そして代わりに私がこの世界に生まれた。私が新しい探索者になった。そうして私はこの世界に馴染んだの。」
「この世界にとって、はるははるだけど、はるにとって、はるははるじゃないんだね。」
「現実の理屈で考えればね。でも、この世界は目に見えるものだけで出来てるわけじゃないから。この世界にとっても、私にとっても、私は私なんだよ。そして次はあなたの番。この世界で、あなたがあなたになるために、あなたを探しに行こう。」
このシナリオは、新規探索者向けのシナリオで、過去にこの世界で死んでしまった探索者を“受け継ぐ”ためのシナリオです。あるいは、そういう建前で遊ぶシナリオです。このシナリオに挑戦する新規探索者は、別の次元の世界からこの世界に巻き込まれ、その理由がこの世界の自分が死ぬからという、因果関係の前提を持たされます。この世界に巻き込まれた新規探索者は、目覚めとともに“阿美はる”と出会い、この世界のことと、多元宇宙のことと、あなた自身のことについて説明を受け、“次元パラドックス”を解決するために、この世界のあなた自身を探すことになります。
過去の自分から受け継いだもの
Illustrated by 接続設定 あなたを探しに行こう
クトゥルフ神話×ダブルクロスTRPG動画「アウトサイダーズ」に登場するオーヴァードのヒーローで、アメコミヒーロー スパイダーマンをオマージュしたキャラクター。動画ではクトゥルフ神話の「異次元の色彩」を参考に名付けられた「アメイジング・カラー」を名乗っているが、本書の世界では世界を紡ぐ蜘蛛「アトラク=ナクア」の性質が強く、その名を名乗って活動もしている。