四季の彩は美しく、それはたとえ世界のどの国に居ようとも、人々の営みとともに、時代の中で繰り返し繰り返し巡ってきた。
春には花が咲いて卵を探し、夏には海に赴いてセミやカエルが五月蠅く鳴き、秋には山や木々が赤や黄色に染まって心地よい空気が流れ、冬は寒さに凍えながらも空から舞い降りる白い雪に気分がときめく。
エイプリルフールや夏祭り、ハロウィンにクリスマスと、イベントや祭りごとに特別強い関心が無くても、その季節の折々を感じる中で、無意識に足が向かったり、目や耳で捉えたり、肌で感じたり、自然と時間と空気の流れの中の、もののあはれの心地よさに浸り、それに恋している。
混沌の都市はあらゆるものが存在する場所だ。ここには何でもあるし、心の中で望めば、自然とそれらを引き寄せる。
それがさも当たり前のように感じるだろう。春が夏に変わり、秋が来て冬が来て、また春が巡る変化という秩序が当たり前のように感じ、なんでもある都市では、さも当たり前のように出会えると心の中で期待するだろう。
「…―あれ?」
ゆえに。
(え?あれ??あれれ? ―え、ウソ。)
それが満たされなかった時。
(無い…。どこにも。その辺にあるでしょとか思ってたのに。)
あなたは、また。この世界の混沌を知ることになる。
「“どこにも無い”。」
それは四月の終わりが見え始め…。いや、四月という四季の流れがこの世界に順当であるかどうかは、全くわからないけれども。
とにかく、暖かくなってきて、体感でそのくらいの時期かなと思い始めたころ、人々はふと気づき始めた。
最初に気づき始めたのは日本人。特に古い時代の日本人で、まだ人が自然の営みと寄り添って生きていることを自覚し、自然の息吹や流転を知覚できる時代の人達。
このくらいの時期になると、日中 道を歩いていて、ふと上を見上げるとヒラヒラと眩しい光の中に、優しくてかわいく、淑やかで誇らしい花びらが至る所に舞い、そして地面いっぱいに淡い桃や白が散っている様を見て、あぁそんな季節だなと風流を感じていたものだが、その幸せな感覚に久しく満たされていないことに気づいた。
何かが足りない。
何か… こう、大切なものが欠けてしまったような。とても寂しいような…。
初めは五月病みたいなものかなと思った人も多かったそうだ。でも、違った。
日本人を初め、徐々に多くの人がどこかもの悲しくなり、無気力になり、満たされなくなって、社会現象となってきた頃、香港の「太平山街」に住む、日本細菌学の父「北里柴三郎」が、この症状の原因を突き止めた。
「桜欠乏症候群」。
突き止めたとは言ったが、実は科学的にハッキリと原因が解ったわけではない。科学的に何かが不足しているだとか、何かの細菌が影響しているだとか、そういったものは一切感じられないし、人々の身体機能になんら影響があるわけでもない。
だが、それ以外に原因が考えられなかった。
何でも存在するはずの混沌都市に、何故か“桜”は存在しなかったのだ。
北里博士が発表した後、科学的根拠が解らないにも関わらず多くの人々は納得した。そして、代替でもいいから、桜に変わる別の似た花や、人工の桜で、なんとか解消しようとしてみたが、まったく改善はされなかった。
不思議と桜に縁の無い文化で生きた人々にはまったくと言っていいほど影響が無い、不思議なシンドロームだった。
でも、それはいうなれば、敬虔なキリスト教信者が、イエスやマリア様の存在を全く感じられなくなった場合にも近いのかもしれない。
当たり前と信じていて、当たり前と感じすぎていて、当たり前すぎて無くなったことに気づかないものが、無くなった時、私達はどう感じるだろうか?
もし、日本人でクトゥルフ神話を知る探索者が居た場合、いつだって人間の想定を覆し、価値観をひっくり返し、常識を破壊する混沌の使者の影がよぎるのかもしれない。この世界にジワジワと這い拠る空恐ろしさを感じるかもしれない。
混沌都市で「桜欠乏症候群」は、一部の者達にとって、非常に深刻な問題となっていった。
香港の、ある寺社仏閣の庭園。探索者はふと気が付くとそんな場所に赴いていた。あるいはその友人とともに。
桜で満たされない空虚な心を、別の和を感じる何かで埋めようと、無意識に赴いたのかもしれないが…。桜のかたちドゥッカは。桜の形の心の穴は、苦しさは、虚しさは、不完全さは、無常さは。やはり桜でしか埋められないのだった。
「ハァァァァァァァァァァ…。」
とても深~く、長いため息が出る。
そりゃそうだ、何でも存在するこの世界で、まさか桜なんて当たり前のものが無いなんて、思いもしなかったのだから。
桜を求めて彷徨う様は、はたから見たら、まるでゾンビだろう。
「オイ、見ろよブラザー。ゾンビみてえなジャップだ。」
「知ってるか?あいつら、休まずに死ぬまで働くらしいぜ。」
「ヒュー!まさにゾンビじゃねえか!これがクールジャパンってやつか!」
「HAHAHA!」
「HAHAHA!」
なんて風刺なアメリカンなブラックジョークが飛んできたとしても、まるでやる気が起こらない…。
「さくら・・・。何でどこにも咲いてないんだろうなぁ…。」
どこかに咲いてないかなぁ…。
「ハァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ…。」
「咲いてますわよ。」
「え?」
「桜。」
「え!?ど、何処に!?」
いつからそこに居たのだろうか。ふと気が付くと、探索者のすぐ傍に、それこそ桜色の和服を着た女性が居た。年の頃は、十代後半といったところか。
「初めまして。わたくし、普天虎ウナリと申しまして、大正時代の日本人ですわ。」
ふるきゆかしい“てよだわ言葉”で喋る彼女は続けて喋る。
「咲いてますわよ、桜。でも、そこはとても危険な場所ですの。」
「危険な場所?」
「そう、危険な場所なんですの。桜がどこにありそうか、知っている方は知っていますわ。でも、とっても危険な場所ですから、桜を見たい気持ちと、その危険を比べたときに、危険を怖がる方が勝ってしまうんですの。」
「そ、それはどこに…。」
「…ついていらして。」
香港島、上環(ジョウワン)。ビジネス街と市場が盛んな下町からなるその場所。
喧噪で賑わう街から離れて離れ、入り組んだ路地から路地を歩き、坂を上り、鬱蒼と茂った木々を越え、辺りからギャアギャアと不吉な予感をさせる鳥の声が聞こえ始める。
住宅はおろか、人気さえ無くなった坂道を歩いていくと、次第に周囲から魚の腐ったような、ヘドロのような異臭が漂い始め、地面のそこかしこには、虫や鼠などの小動物の死骸が散見し、不気味さを一層際立たせていく。
そんな道を、ザッザと歩きながら、前を行く彼女の後についていくと…。
「つきましたわ。」
ピタリと止まって振り返った彼女の先には、長く続く石段と、その先にあるであろう、建造物が見て取れる。
「…ここは?」
「ここは…千歳花壇といいまして…。」
<歴史>に詳しい探索者であれば、知っているかもしれない。「千歳花壇」とは、かつて戦時中、大日本帝国軍が香港を支配した際、日本総督部御用達の場所だった。そこは旅館であり、料亭であり、高級慰安所でもあったのだが、三棟の朽ちた洋館の周囲には悪臭がたちこめ、野犬の声が響き、鼠の死体が転がり、夜には虎の群れが現れるという、とても不気味で危険な場所だった。
「今はもう大日本帝国軍の管轄とはなってないのですけども、建物は廃墟と化して、一層不気味なんですわ。ここの奥底に、かつて帝国軍人が持っていた日本の桜の種… ソメイヨシノが芽を出し、樹となり、花を咲かせているんですけども、誰も恐ろしくて近づけないんですの。」
「最後にここに入った方は、勇敢な… いえ無謀なアメリカ人の方で、桜の花びらを証拠に持ち帰ったのですが、その後 発狂して亡くなってしまいましたわ。何でも、軍人の幽霊が現れて、とても恐ろしい目に遭わされたのだとか。」
ふと気が付くと、さっきまでの無気力な感じは失せ、目の前の異様な雰囲気と、周囲の臭気に、ゴクリと息を飲み、飲み込んだ息が気持ち悪く井の中で広がっていく感触を覚えた。
「良い気つけになりましたかしら?桜欠乏症候群の方を見かけると、私ここに案内するんですの。そうすると皆さん、恐怖が無気力を超えて、恐々と帰っていくんですの。良い薬ですわ。」
確かに…、この異様な恐ろしさを目の当たりにすれば、桜が足りないなんて空虚な気持ちは掻き消されてしまうかもしれない…。
「私も日本の生まれなので、ずっと桜を見たいと思ってるんですけど… 駄目ですわね。やっぱり、ここに来てしまうと、恐ろしくて恐ろしくて。」
まるで地獄にでも足を踏み入れるかのようですわ。でも、軍人さんはまさにそんな気持ちだったのでしょうね。探索者と名乗る多くの方を、ここにお連れましたけど、戦争を体験していない時代の方のほとんどは、ここに入るなんて無謀な真似はなさりませんでしたわ。
「……………………。」
「さ、お帰り遊ばせ。」
それとも。
「私とお花見にいかれますか?」
このシナリオの季節感は、3月~5月くらいがいいだろう。桜の咲く場所にかつて住んでいた探索者は、何か当たり前に存在していたものに気づくかもしれない。そうでない者も、あるいはそうでなくとも、周囲の人々の様子やニュースなどから、桜を見られない人達が無気力になっていることを知ることが出来、ちょっとした情報収集で「桜欠乏症候群」のことを安易に知ることができるだろう。「桜欠乏症候群」を知って暫しした後、香港島のどこかで、「普天虎ウナリ」という、桜の場所を知る女性に出会うことができる。彼女は探索者達を桜のある場所に案内してくれるという。桜に恋焦がれる者や、桜をそもそも生で見る機会が少なかった人物にとっては、特別な理由が無ければ、この誘いを断ることはないだろう。彼女についていくと「千歳花壇」という、なんとも恐ろしい場所に案内される。桜を見るには、この「千歳花壇」を探索しなければならない。危険そうな場所だが、探索者はもちろん探索に乗り出すだろう。なぜならプレイヤーは探索者なのだから。
千歳花壇の印象
三棟のボロボロの洋館。三棟あるが、そのうち二棟は完全に朽ちて瓦礫と化しているため、そもそも建物の体裁を成していない。残った一棟が今回の舞台。二階建ての建造物で、そこまで大きくはない。周囲にはハエや蛾のような虫が飛んでいる。
桜に辿り着くまで(クリアの方法について)
「千歳花壇」には、実は地下室があり、桜はそこで見つけることが出来る。この桜は、大日本帝国が日本から持ってこられたもので、花粉を吸いこむと幻覚を見るという品種改良が施されている。桜の花粉は、虫にくっついて拡散される「虫媒花」であり、「千歳花壇」には虫が飛んでいるため、建物に入った者は、様々な幻覚を見てしまう。探索者は、様々な幻覚を乗り越えて、地下室の存在が描かれた「間取り図」と「鍵束」を手に入れることで、地下室に行き、「桜を見る」という目的を達成することが出来る。また「千歳花壇」には、「抗万能花粉薬の研究」と「研究報告書:品種改良の桜」があり、これらを手に入れることで、桜の真相について知れたり、桜を持ち帰ったりすることが出来るかもしれない。
エントランス
両開きの扉が入り口となり、開くとブワッとした埃や生ぬるい空気、嫌な臭気が漂い、ハエや蛾のような虫が中から外にたくさん飛んでいく。扉を開けると、エントランスが見て取れる。かつて日本軍に使われていた名残か、日本風の絵や掛け軸、盆栽や壺、国旗、草履などが残っていて、どこか奇妙な雰囲気を感じさせる。所々、蜘蛛の巣、飛んでいる虫、ほこり、床板が割れているなどしていて、見るからに「ボロ屋敷」。バイオハザード、青鬼、魔女の家、スウィートホーム、クロックタワーなどの雰囲気で捉えると良いだろう。「部屋1」「部屋2」「部屋3」「部屋4」「部屋5」「トイレ」「2階への階段」が確認できる。その場か探索中に<アイデア>に成功することで、一階は料亭、二階が旅館や慰安所になっていることがわかるだろう。それ以外に、ここに特に探索に必要な情報は無い。
部屋1(客間)、部屋2(客間)
朽ちた丸テーブルと椅子が置かれた、十畳程度の広さの部屋。その他、特にめぼしいものは無く、ここは料理を出す客間のような場所だということがわかる。それ以上ここに手がかりらしい手がかりは無い。その代わり入ったら探索者は幻覚を見る可能性がある。KPは1D6をロールし「幻覚表」のイベントを起こすこと。
部屋3(調理場・厨房)
入ってすぐに、流し台があったり、周囲に調理器具が散乱していたりする。パッと見で、調理場か厨房のような印象を受ける。しかし西洋風の厨房に、和風の料亭のような調理器具が並ぶという、和洋折衷の奇妙な印象を受ける。周囲に散らばっている調理器具は、どれも錆びついていて使い物にならない。探索者が目星や聞き耳など、何らかの判定に挑戦しても特に得られる情報は無い。もし判定に失敗したら、料理器具が急にカタカタ鳴りだした、包丁が飛んできたと思ったら落ちたといった、フレーバー程度のポルターガイストめいた幻覚を発生させても面白いだろう。
部屋4(倉庫)
ホウキや雑巾や工具、板材や荷車や日用品、腐った食材といったものが置かれている。パッと目につくところに、壁に掛けられた「鍵束」がある。鍵は十数個あり、それぞれに玄関、客間、調理場、倉庫とラベルが貼られているが、一個だけラベルが無い鍵がある。
部屋5(大広間)
部屋1、部屋2よりも広い、50~60畳くらいの客室。大広間、教室、会議室くらいの広さ。会議室のように長机が四つ四角を描くように並べられ、上手にはボードのようなものがある。実際、印象は会議室だ。机やボードには、冊子や資料のようなものが散らばっている。内容を調べると、大日本帝国軍が香港を支配していた当時の作戦や、その記録の資料であることがわかるだろう。具体的にどのようなことが書かれているかは、本書の「大日本帝国支配化香港」の項を参考にするといいだろう。30分かけて<図書館>に成功することで、「研究報告書:品種改良の桜」という資料を見つけることが出来る。
・「研究報告書:品種改良の桜」
大日本帝国軍の中のとある研究部署の報告書。日本から持ってきた桜の、特異な品種改良についてまとめられている紙束。その内容とは、桜の花粉を改良し、花粉を吸った者に幻覚を見せるというもの。なぜ他の植物ではなく桜が選ばれたかは、桜の花粉が虫にくっついて拡散される「虫媒花」であるため。報告者の意図としては、不特定に風に乗って拡散される植物ではなく、虫で拡散される桜を使うことで、範囲を特定して使用できるとのこと。また、桜を贈り物とすることでも、使用できるとの考えがあるようだ。実際に試作を作られたようだが、実用がされたかまでは書かれていない。
この情報を得ることで、「千歳花壇」の幻覚の原因が、桜とその花粉と虫であることが探索者に理解できるだろう。以後、探索者が花粉や虫に対して、何らかの対策をした場合は、幻覚が発生する割合をKPは、場の状況に応じて、任意で調整しても構わない。
トイレ
和式。ボットン。ハエが飛んでる。くさい。KPは1D6をロールし「幻覚表」のイベントを起こすこと。「落ちる」だと面白いんじゃないかな。
2階への階段
階段。階段は特に何も起こらないけど、心理的に恐怖の象徴。ギシギシ鳴るとか、今にも壊れそうとか、蜘蛛が降りてきたとか、数えてみたら十三段あったとか、適当にフレーバーの描写を足して、雰囲気を醸し出してあげるといいんじゃないかな。
二階廊下
階段を上ると、二階は廊下と「部屋6」「部屋7」「部屋8」「部屋9」「部屋10」の5つの部屋しかない。その場か探索中に<アイデア>に成功することで、一階は料亭、二階が旅館や慰安所になっていることがわかるだろう。それ以外に、ここに特に探索に必要な情報は無い。
部屋6(客間)、部屋7(客間)、部屋8(客間)
一階の客間と同じくらいの広さ。ベッドがあり、ホテルの客室のようになっている。クローゼットや机、鏡台などがあるが、どれも朽ちてボロボロなところ以外、特に手がかりは無い。その代わり入ったら探索者は幻覚を見る可能性がある。KPは1D6をロールし「幻覚表」のイベントを起こすこと。
部屋9(研究室)
部屋6~8と同様の作りだが、ここは机の上や床に、液体が付着した割れた試験管やらビーカーやら、何らかの薬品やら、理科室で見かけるような実験器具や書類が散乱している。探索者が部屋に入った瞬間に、何か情報を与えたり、行動が行われる前に、KPは1D6をロールし「幻覚表」のイベントを起こすこと。幻覚イベント終了後、部屋の中を探索できる。<化学>や<薬学>で実験器具や薬品を調べると、フェニレフリン、エフェドリン、ナファゾリンといった、血管収縮作用のある成分である可能性が高いことがわかる。散乱している書類は、30分かけて<図書館>に成功することで、「抗万能花粉薬の研究」という資料を見つけることが出来る。
・抗万能花粉薬の研究
あらゆる花粉に抜群の効果を発揮する薬の作り方が書かれた研究のレポート。このレポートをもとに薬を作れば、花粉によるあらゆる作用を無効化できる実験と効果の記録が詳細にまとめられている。作成には一週間ほどかかりそうだが、薬学や医学関係の専門的な知識を持つ者であれば、問題なく作れる。(「研究報告書:品種改良の桜」と合わせて手に入れないと意味の解らない情報だが、この情報があることで、探索者が後にとれる行動が変わってくるだろう。)
部屋10(従業員室)
部屋6~8と同様の作りだが、ここの机にはいくつかの書類が置かれている。ちょっと調べればわかるが、主に「千歳花壇」の管理についての書類であることがわかる。在庫管理、経理、登記簿、従業員などについて普遍的なことが書かれているが、それらの中から「間取り図」を手に入れることができる。それを見ると、この建物には地下室があり、二階と一階を繋ぐ階段の下にある床に、よーく調べないとわからない扉があり、「鍵束」の鍵を使用することで、地下室にいけることがわかる。
1.軍人の幽霊
血だらけの大日本帝国の軍人のような幽霊が目の前に現れる。0/1D3の正気度喪失。幽霊は日本刀、あるいは銃を取り出し、ランダムで探索者一人に、成功率80%で攻撃を仕掛ける。もし攻撃が成功すれば、探索者は1D6のダメージを負い、血が出たり傷が残る。しかし、ふと気づくと幽霊も傷も消え、探索者は1D6で減らしたダメージを元に戻す。その代わりに、このような異様な現象を体験した探索者“当人”は、1/1D3の正気度喪失を行う。また、最初の判定で正気度を失わなかった場合、その探索者には幽霊の姿は見えず、ランダムで被害者に選ばれることもない。他の人が何故か勝手に驚いている様子を目の当たりにするか、全員が成功していたら幽霊の存在は気のせいだったことになる。
2.凶暴な獣
探索者の後ろから、グルルルル…という獣の声が聞こえ、振り返ると普通の虎の二倍ほどもある巨大な虎が、ミシミシと足音を立てながら近づいてくる。0/1D3の正気度喪失。探索者が虎に対し、何らかの注意を引くアイデアを閃いたり、技能に成功すれば、虎はどこかに消える。そういったものが特に無い場合は、虎はランダムで探索者一人に、成功率80%で噛みついてくる。もし攻撃が成功すれば、探索者は虎に噛みつかれ、数メートル投げ飛ばされ、壁に当たるか、柱を折るかして、1D3のダメージを負う。しかし、ふと気づくと虎はその場から居なくなっている。このような異様な光景を見た探索者“当人”は、1/1D3の正気度喪失を行う。また、最初の判定で正気度を失わなかった場合、その探索者には虎の姿は見えず、ランダムで被害者に選ばれることもない。他の人が何故か勝手に驚いたり、吹っ飛んだりする様子を目の当たりにするか、全員が成功していたら、虎の存在は気のせいだったことになる。
3.美しい女性の霊
とても美しい和服の日本人女性が現れる。着物が少しはだけ艶っぽく遊女のような印象を受けるだろう。探索者は不可思議に思うかもしれないが、その時点ではまるで生きてその場に存在しているかのようで、幽霊のような印象は無い。彼女に何かしら話かけると、「自分の名前は“からゆき”」「日本から借金のカタで、女衒(ぜげん)に連れてこられた」というようなことを聞ける。彼女は潤んだ目で、ランダムで探索者一人に、しがみつく。探索者が何か反応を示すかすると、彼女は目の前でまるでヘドロのようにドロドロを溶けて無くなり、周囲に強い異臭が広がる。このような異様な現象を見た探索者は、1/1D3の正気度喪失を行う。また、<歴史>に成功することで、「からゆきさん」や「女衒(ぜげん)」について、「明治後期から昭和初期に、日本から香港や東南アジアに身売りさらた女性と人身売買の仲介屋のこと」であるとわかり、目の前に現れた女性は、その残留思念や幽霊のようなものではないか、という見当をつけることができる。
4.虫の大群による幻覚
急にハエや蛾のような虫の大群が、目の前をブワッーーーと通り抜けていく。探索者は<POW×5>の判定を行う。この判定に失敗した探索者は、急に目の前の遠近感が曖昧になり、風邪の時に体験するような極小と極大の視覚イメージが見えたり、あらゆる色彩が極彩色に見えたり、腕や体から蛆虫が食い破って出てくるような、麻薬の恐ろしい幻覚に襲われ、0/1D3の正気度喪失。幻覚はすぐ消える。
5.落ちる
ランダムで一人、急に床板がバキッと割れ、真っ暗で見えない深い闇に落ちてしまう。もし、他の探索者が手助けをするなら、SIZとSTRを抵抗させるといいだろう。失敗したにせよ、成功したにせよ。ふと気づくと、割れた床板は元に戻っている。探索者が落ちてしまったのであれば「うわぁぁぁ…!! ハッ!」という感じに、ふと気づくと、ただ床でもがいていただけという状況になるだろう。このような異様な現象を見た探索者は、1/1D2の正気度喪失を行う。発生した場所に合わせてそれらしく描写を変更すると面白いだろう。
6.その他
探索者のプロフィールや設定を拾って、その幻覚が恐ろしいイメージとして現れる。0/1D3の正気度喪失を行い、何らかのアクションを起こした後、フッと消える、これは探索者の恐怖心が勝手にイメージしたものが幻覚として現れたという解釈のものだ。
幻覚のイベントが落ち着いた後、探索者はゆっくりと桜を見ることが出来る。地下に存在し、どこかから採光されて淡く光る桜はとても幻想的で、そのあたたかくもやわらかい印象は、桜を見たいと願っていた者の心も、今まであまり桜を見たことのない者の心も満たしてくれるだろう。探索者達は、不思議な桜の力で癒され、正気度を1D6回復する。KPはこの時点で、本シナリオの「桜を見る」という探索者の一応の“目的は”達成したことをプレイヤーに伝えること。しかし同時に、本シナリオはまだ終わりではなく、この後探索者達がどうするかというエピローグをもって、本シナリオは終了となることを伝えること。
このまま帰って日常に戻るもよし。「普天虎ウナリ」を桜の元に案内するも良し(勿論、彼女は喜んでくれるだろう)。桜を持ち帰るもよし。抗万能花粉薬を作って、香港中を害のない桜でいっぱいにするも良し。幻覚を伴う桜を、何らかの方法で活用するも良し。あるいはそれ以外のアイデアで、探索者達のエピローグをもって、本シナリオは終了となる。
Illustrated by 接続設定 私とお花見にいかれますか?
クトゥルフ神話TRPG動画「大正九頭竜」に登場するクトゥルフ神話の探索者。本書の世界では、大日本帝国時代の日本人が管轄する地域に住み、同じ地域の女学校に通っている。本書の世界の彼女は、女学校で学ぶ花嫁修業全般の能力が高いが、基本的に探索に役立つような能動的な技能や戦闘技能を持っていないため、探索者としての能力は著しく低い。休日には、凌霄閣(ピーク・タワー)や、日本風庭園がある寺社仏閣などで主に見かけることがある。