視界の隅に、玉虫色の視線を感じた。

あれはいつのことだっけ…。この前の事件で黒幕を倒した時だったかもしれないし、街を歩いていて、ふと見知らぬ人にぶつかった時かもしれない。その時に、スッと視界の隅に、玉虫色をした影がよぎって、こっちを見ているような気がしたんだ。

「そんな経験ない?」

と、私はいつもの馴染みの仲間にそんなことを話してみる。

「え?なにそれ」「あーわかるわかる、なんかあるよねそれ」「気のせいじゃないの?」「もしかして目の病気…かも」

反応はまあ様々だったけど、その時は「視界の隅の玉虫色の話」で、ちょっと盛り上がった。目の病気だとか、脳が生み出した幻覚だとか、ドッペルゲンガーだとか、光子とか量子とか、妖怪のしわざとか、色んな話が出たっけ。

それから、少し経ってのことだった。

仲間達で混沌都市の街をブラブラしてた時。どこかに行く目的があった途中だったか、それとも何の予定もなく、ただ無為にだったか、そこは「九龍(クーロン)」の「油麻地 (ヤウマティ)」っていうエリアで、石の「翡翠」を取り扱った露店が沢山並んでる「玉器市場(ジェード・マーケット)」を歩いていた時。

視界の隅に感じた、玉虫色の光に出会った。

(えっ… これって…)

そっくりだった。本当にそっくりだった。玉虫色に光る勾玉?みたいな石だった。

玉虫色に光る石はそんなに多くないけど、それでも全く存在しないかっていうほど稀少なものでもないと思う。(確かラブラドライトとかいうのが、あったと思う)

でも、そこで見た玉虫色の石は、本当にそっくりで…。視界の隅に見えたものだから、厳密に同じかどうかはわからないんだけど、なんていうかこう、感覚でわかる!っていうのない?そんな感じ。上手く言いあらわせないんだけど、とにかく同じだ!って思ったの。私が。

「どしたの?」

仲間の一人が、石を見て驚いていた私に声をかけてくる。

「…あ、ほらこの前話した、視界の隅に玉虫色が見えるって話したじゃない?この石がそれにすごいそっくりで…」

「そんな話したっけ?」「あー、そういえばあったね」「へー、なになに。綺麗な石じゃん。虹色?」

露店の前で、皆でそんな話をしながら、石をまじまじと見つめる。

「ねぇアンタ、それ見たことあるの?」

「ふぇっ!?」

ふいに、声をかけられる。

目の前に居た、妖しく暗く光る宝石のような目をした、綺麗な女の人だった。

…ていうか店主さんじゃん。

「あっ!あっ!すいません!ちょっと前に見た?ことあるようなのに、凄いそっくりで!」

すいません、お店の前で邪魔ですよね。視線に圧倒されて、そう言いながら、自分でも驚くほど動揺して、コソコソとお店を離れようとする。

「教えてあげようか!アンタが見たものの正体!」

急に大きな声をかけられて、ビクッとする。皆や周囲の人が、なんだ?って顔でこっちを見てくる。私は周囲に何でもないんですと、意味の分からない言い訳をしながら、おずおずと店主さんの所に戻る。

「な…なにか知ってりゅ↑ん↓ですか!?」

うわずった。ていうか、噛んだ。

「ウン、知って“りゅ”よ?」

クックと笑って、店主さんはニヤニヤと私を見る。完全に馬鹿にされた感じなんだけど…、でもその笑いでちょっと楽になった気がした。

「知ってるんですか、店主さん。」

意識的に落ち着こうと、シリアスていうか真面目に店主さんに尋ねなおす。

「張 子竜(チャン・シリュウ)。張でも、子竜でもお好きに。」

「知ってるんですか、張さん。」

「知ってるといえば知ってるし、知らないといえば知らない。」

「…??? どういうことです?」

「アンタさ【邪魅】って聞いたことある?」

うーん…と、脳内のデータベースを探す。

「無いです。」

多分。

「この石は【邪魅色の魄珠(じゃみいろのはくみ】っていう石でね。【邪魅】っていうのは妖怪だか魔物だかの総称なのさ。この石は、その【邪魅】が宝石化したもの。」

「魔物が… 宝石化?」

あらためて、まじまじとその石を見つめる。そういわれると、この常に変化する玉虫色の輝きが、なんだか生物のようにも見えてくるような気がする。

「そうさ。そして【邪魅】は双子の魔物でね。ここにある【邪魅色の魄珠(じゃみいろのはくみ】は、その片方。」

つまり。

「私が見たのは…。」

「察しが良い子は嫌いじゃないよ。そうね、アンタが見たのは双子のもう片方の【邪魅】。そして、その【邪魅】は人に取り憑く。」

言われて、ハッとする。そういえば、私が見た玉虫色は、人の身体から出てくることもあったかも…。

「【邪魅】を見たことのあるヤツは、そう多くないんだ。そこで…」

張さんは、露店の台に置かれていた、その石。【邪魅色の魄珠(じゃみいろのはくみ】を手に取り、ズイと私の胸元に押し付ける。

「アンタ、探してくんない?もう片方。」

私は驚いて、胸元に押し付けられた石と、張さんを交互に見る。

「えっ… どういうことですか…?」

「アンタ、暇そうだから。」

いや、そうじゃなくて。

「この石ね、セットなのよ。片方だけじゃ大した値がつかないの。そんで、この石持ってその辺りブラブラすると、もう片方の【邪魅】が近づくと、共鳴してだんだん強く光るのよ。」
「で、この石を【邪魅】に接触させると、その【邪魅】も石になる。そういう仕組み。

私は説明されながら、押し付けられた【邪魅色の魄珠(じゃみいろのはくみ】を、いつの間にかその手に握ってしまう。

「そう…なんですか。」

改めて、石をしげしげと見つめる。

「報酬出すからさ。アンタも気になるでしょ?」

急ではあったけど、確かに気になる。モヤモヤしたものが解決するなら、張さんのお願いを聞くのも良いんだけど…。

「【邪魅】って…。なんなんですか?」

「さあね、人間に取り憑く、双子、玉虫色、わかるのはそれくらいだね。何を目的としてるのか、何を考えてるのかもわからない。もしかしたら、意志の無いただの超常現象かもしれない。」

石だけに?

「石だけに意志が無いってことぉ?」

ガスゥッ!!!

「ぐえっ!?」

私が心の中で思ったことを、仲間が言ってしまって、あっ… て、思った瞬間、張さんのヒールのカカトが見事に仲間の鳩尾(みぞおち)に入っていた。

「アタシ、クソつまんねー寒いギャグ聞かされるとブッ殺したくなるんだわ。」

ヒールをシュッと抜く。穴空いてないかな?

「で、どうすんの?」

意志がねーのはテメーだろ、と仲間に吐き捨てて私の方に向き直る。お腹を抱えてプルプル震える仲間を見て、やりすぎかなと思ったけど。

「わかりました!探してみます。」

別にいいや、実際面白くないし。

邪魅色の魄珠(じゃみいろのはくみ)

捜索サブシナリオ

マクガフィン
「邪魅」
目的
「邪魅」を見つける
障害
「邪魅」の居場所
舞台
九龍(クーロン)/油麻地 (ヤウマティ)/玉器市場(ジェード・マーケット)

導入

このシナリオは、探索者達に前日譚を付与するかたちで始められる。

探索者達が過去になんらかの事件を解決した、あるいは誰かにちょっとぶつかったなどの、出来事を探そう。無ければ捏造して構わない。

その出来事から数日後、探索者達はふとしたきっかけで、その出来事の時に「玉虫色の“何か”」を、視界の隅に見かけたことを思い出す。

「玉虫色の“何か”」は、例えば事件の黒幕や被害者から抜け出たとか、ぶつかった人から抜け出たとか、通りすがりの人の背中に引っ付いていたとか、そのような塩梅で構わない。

探索者が「玉虫色の“何か”」を思い出すタイミングや方法は、セッションが始まる際に、探索者達が普段どんな行動をしているか、今何をしているか等をPLに投げかけ、それを提示してもらってる中で、<アイデア>をロールさせたり、夢で見たことにしたり、デジャヴ(既視感)を感じたりしたことにして、思い出したことにすると良いだろう。

とにかく探索者達、あるいは探索者の誰か一人は、過去に「玉虫色の“何か”」を、視界の隅に見かけたことを思い出す。

この「導入1」は、実際にセッションとして行っても構わないし、セッション前に探索者のハンドアウトとして提示してしまって、実際のセッションは「導入2」から始めても構わない。

導入2

過去に「玉虫色の“何か”」を、視界の隅に見かけた探索者達は、混沌都市の街中を歩いている際に、九龍(クーロン)の「玉器市場(ジェード・マーケット)」に通りがかり、そこで「玉虫色の“何か”」と、本当にそっくりな色彩を放つ、勾玉のような石を見かける。

「玉器市場(ジェード・マーケット)」は、翡翠をはじめとした色んな石が取引されている、数百軒の露店が並ぶ賑やかな露店通りだ。

探索者が「玉虫色の“何か”にそっくりな色彩を放つ、勾玉のような石」に反応した素振りをすると、店主の「張 子竜」が石について教えてくれる。その石は「邪魅色の魄珠(じゃみいろのはくみ)」というもので、双子の魔物が宝石化したものの片方なのだそうだ。

「邪魅色の魄珠(じゃみいろのはくみ)」は、陰陽のマークの片方を彷彿とさせるような勾玉で、探索者が石の価値を調べる何らかの技能に成功するか、あるいはそうでなければ店主が、この石は二つセットで揃わなければ、大した価値がないことを教えてくれる。

そして、店主はおもむろに探索者達に「邪魅色の魄珠(じゃみいろのはくみ)」を押し付け、お礼はするから、この石のもう片方を見つけてきてほしいとお願いする。

なんでもこの石のもう片方は、宝石化していない魔物として人間に取り憑いているらしく、混沌都市のどこかにいるそうだ。

魔物に近づくことで、「邪魅色の魄珠(じゃみいろのはくみ)」は共鳴して輝きを増していき、魔物に「邪魅色の魄珠(じゃみいろのはくみ)」を直接接触させることで、宝石化できるとのこと。

魔物について、店主の「張 子竜」について聞くと、その魔物について詳しいことは分かっていないため、便宜上 妖怪、怪物、魔物の総称を指す「邪魅」と呼ばれていると教えてくれる。分かっていることは「人間に取り憑くこと」「双子であること」「玉虫色をしていること」だけだそうだ。取り憑いてどうなるか、何を目的としているかも不明で、もしかしたら、意志の無い何らかの超常現象の可能性もあるらしい。

障害の導線と解決

どこで
九龍(クーロン)/油麻地 (ヤウマティ)
なにを
「邪魅」
どうすべきか
どのへんにいるか探す。「邪魅」は、九龍(クーロン)の油麻地 (ヤウマティ)のどこかに存在し、油麻地 (ヤウマティ)から探索者が出ると、宝石が急激に輝きを失う。KPはPLに、「邪魅」は油麻地 (ヤウマティ)のどこかに居ると伝えること。

「邪魅」が実際にどこに居るかは、KPの1D6で決定する。KPはPLに見えないように1D6をロールし、以下の6つのうちから場所を決定すること。その後、探索者達に以下の場所を提示し、その中のどこかに居るということを伝えること。

1.医学博物館「東華三院文物館(チュンワー・ミュージアム)」
2.レトロな喫茶店「美都餐室(メイドウ・カフェ)」
3.工場が集合した高層ビル「工廠大廈(ファクトリー・ビルディング)」
4.風俗街「石本蘭街(ポートランド・ストリート)」
5.占い店が連なる通り「廟街(テンプル・ストリート)」
6.男性向け商品や玩具の露店街「男人街(ナイヤンガイ)」

上記の探索場所の情報をKPからPLに直接伝えるのが不自然と感じるのであれば、店主の「張 子竜」から提示されたことにしたり、あるいは探索者が聞き込みをするなどして、目撃証言として6つの場所を絞り込めたことにしてもいいだろう。

探索者がそれぞれの場所に赴いた際に、KPは宝石の輝き具合を描写し、近いのか遠いのかをPLに伝えること。

それぞれの場所の地理関係は、今回のシナリオでは、割り振られた「数字」で判断して構わない。「4.石本蘭街」に近いのは「3.工廠大廈」と「5.廟街」といった具合だ。2に近いのは1と3。5に近いのは4と6。1と6が近いのか、めっちゃ遠いのかはKPの判断に委ねる。

混沌都市では、何がどこにあるかは非常に曖昧で、場所が変わることすらよくあることなので、現実の地理関係は無視して構わない。(もしPLがGoogleMapなどを引っ張り出して来たら、リアルな場所でやるもの良いんじゃないかな)

宝石の輝き具合の描写も「あんま輝いてない」「ほんのり輝いてる」「そこそこ輝いてる」「めっちゃ輝いてる気がする」「クッソ眩しい!もうここしかない!」などの、ザックリしたもので構わない。

探索者が探索中に、聞き込みをしたり、占い屋で占ってもらうなどをするのであれば、KPはどのあたりの番号が近いか、仄めかしてもいいだろう。

目的の導線と解決

どこで
九龍(クーロン)/油麻地 (ヤウマティ)/KPの1D6で決定した場所
なにを
「邪魅」
どうすべきか
「邪魅」と対峙する。
KPの1D6で決定した場所に探索者が赴くと、「邪魅色の魄珠(じゃみいろのはくみ)」は、とても強い輝きを放つ。探索者が一歩一歩 歩くのと連動し、目に見えて輝きが増したり、収まったりする反応が明確にあらわれはじめ、その反応を頼りに周囲を探索することで、探索者は特に何の判定も無く、人間に取り憑いている「邪魅」のもとに辿り着くことができる。

「邪魅」が取り憑いた人間は、KPの1D6で決定した場所に合わせて自由に決めて構わない。何らかの施設内に居るかもしれないし、意味もなく道を歩いているかもしれないし、路地裏で屈みこんでいるかもしれない。老若男女も問わない。特定のNPCを好きに選んでも構わない。

NPCを遠目に見ると、特に不可思議な挙動をしておらず、取り憑かれているかは判別できないが、探索者が「邪魅色の魄珠(じゃみいろのはくみ)」を持って近づくと、その人物は、細かな痙攣が起こり、視線が曖昧になり、口から軽い涎を垂らしはじめ、「邪魅」がその人物から飛び出す。

「邪魅」はシャボン玉のように常に流動する奇妙な玉虫色の色彩を放ち、それでいて不定形で流動状でブヨブヨとした奇妙で不規則な脈動を繰り返す。そこに目も口も触覚らしきものは無く、意志のようなものも感じられず、生物なのか現象なのかよくわからない未知の感覚が、探索者に名状しがたい恐怖のようなものを与える。1/1D6の正気度喪失を行う。

正気度喪失処理が終わった後、「邪魅」はその場でブヨブヨと脈動しているだけで、特に何かしようという意志のようなものは見られない。

「邪魅」のその後の行動は、探索者の行動によって決定する。それこそ探索者の行動に反応するだけといった、現象のように。KPはPLに探索者がどうするか、行動を確認すること。

1.「邪魅色の魄珠(じゃみいろのはくみ)」を「邪魅」に接触させる
「邪魅色の魄珠(じゃみいろのはくみ)」を「邪魅」に接触させようとする場合は、戦闘ラウンドで処理を行う。
DEXの早い順から行動し、「邪魅色の魄珠(じゃみいろのはくみ)」で<投擲>に成功する必要がある。<投擲>された「邪魅」は行動回数に関係なく、必ず50%の<回避>を行う。
もし<投擲>の失敗、あるいは<回避>の成功で、結果的に当たらなかった場合は、行動回数を1回使用して、外れた「邪魅色の魄珠(じゃみいろのはくみ)」を拾う必要がある。
「邪魅」はラウンドの最後に行動し、DEX10で逃走を行う。探索者の中でDEXが一番早いものと、DEX抵抗ロールを行い、「邪魅」が勝ってしまった場合、「邪魅」に逃げられてしまい、再び「障害の導線と解決」からやり直しとなる。
「邪魅色の魄珠(じゃみいろのはくみ)」を「邪魅」に接触できた場合は、「邪魅」はまるで球体に凝固したスライムが溶けるのを、十倍速逆再生したような不可思議な動きで、「邪魅色の魄珠(じゃみいろのはくみ)」となり、地面に転がる。

2.「邪魅」に攻撃する
「邪魅」に耐久力の概念は無い。「邪魅」に物理的な近接攻撃や遠距離攻撃をすると、ぬるりと奇妙に突き抜けるばかりで、まるで手応えを感じることができない。魔術や呪術的、音波や電気的な攻撃を行っても、燃える、弾ける、通電するなどの反応は起こるが、反応という「現象」が起こるにすぎない。また「邪魅」に攻撃した者は、その場で即座に判定無しに「邪魅」に取り憑かれ、その場で即座にそっくり同じ攻撃を、他の探索者に繰り返してしまう。その攻撃処理が終わると「邪魅」は、その場で即座に探索者から離れる。「邪魅」に攻撃をしても意味はなく、攻撃をすると取り憑かれて、他の探索者に攻撃するという「現象」が起こる。

3.何もしない、あるいは立ち去る
「邪魅」に何もしなければ、「邪魅」も何もしない。「邪魅色の魄珠(じゃみいろのはくみ)」を「邪魅」に接触させることを諦める、あるいは意図的にそうしないことを選んだ場合、探索者は「玉器市場(ジェード・マーケット)」の商人「張 子竜」の元に帰ることになる。この選択の可能性は、探索者が「邪魅」に対し、特に明確な害意や悪意が無く、「邪魅」を「邪魅色の魄珠(じゃみいろのはくみ)」にする必要性を感じられないといった判断が下された場合にとられる選択肢と思われる。

報酬

「邪魅」を「邪魅色の魄珠(じゃみいろのはくみ)」にして、「玉器市場(ジェード・マーケット)」の商人「張 子竜」に、二つの「邪魅色の魄珠(じゃみいろのはくみ)」を渡した場合、「張 子竜」から報酬を貰うことができる。

二つの「邪魅色の魄珠(じゃみいろのはくみ)」を渡せなかった場合は、報酬を貰うことはできない。しかし「邪魅色の魄珠(じゃみいろのはくみ)」は、片方だけ持ってても仕方がないからと、貰うことができる。

エピローグ

「ご苦労様。そうだ、アンタ達が【邪魅】を探している間に、昔聞いた話を思い出したよ。」

玉器市場(ジェード・マーケット)に戻ってきた私達に、そんなことを言う。

「なんですか?昔聞いた話って」

「私が【邪魅色の魄珠(じゃみいろのはくみ)】を、とある別の商人から譲り受けたときに聞いた話。」

張さんが話し始めたとき、最初来たときは賑わっていた通りが、時間も経ったせいか、人もまばらでひっそりとした雰囲気になっていた。

「…教えてください。」

「いいよ。【邪魅色の魄珠(じゃみいろのはくみ)】には、こういう“いわく”があるんだ。」

双子の魔物である「邪魅」が宝石化した「邪魅色の魄珠(じゃみいろのはくみ)」は、道教の思想でいう「魂魄(こんぱく)」という考えに基づいているところがある。

もともと昔に、神のように恐ろしく強大な魔物が存在したが、それが死ぬ時に、まるでアメーバが分裂するように、双子の魔物が生まれたといわれている。

道教の思想では「魂(こん)は天に還り、魄(はく)は地に還る」というが、分裂した後、魔物の片方が天に消え、もう片方は地に潜った。

地に潜った魔物の場所を掘り起こしてみると、玉虫色の色彩を放つ勾玉が見つかった。

天に消えた魔物は、多くの人の夢の中や、臨死体験の中に頻繁にその姿をあらわし、妖怪なのか怪物なのか現象なのか、よくわからない性質を持って存在していたため、人々はこれを妖怪や魔物を総称する「邪魅」と呼ぶようになった。

地から見つかった勾玉の方は、魂魄の思想の「魄(はく)」になぞらえて「邪魅色の魄珠(じゃみいろのはくみ)」と呼ぶようになった。

「天に消えた魔物が、【魂(こん)】ではなく、【邪魅】と呼ばれたのは、おそらく人の魂と一緒のものとは思えず、差別化するためだろうね。」

「そして、地から現れた勾玉を【玉虫色】ではなく【邪魅色】と名付けられたのは、今回の【邪魅】の起源も、中国にあるからではないか… ってところかな。」

そんな話をしてくれた後で張さんは、多くの人の夢の中や臨死体験の中にしか、姿をあらわさなかったとされる「魂(こん)」の「邪魅」が、なぜか現実の混沌都市で現れ始めたということを改めて教えてくれた。

「この混沌都市は、一体どういう場所なんだろうね。」

私を見つめながら、張さんはそう呟く。確かに、この世界にはかつて既に死んだ人や、幽霊達が存在するおかしな場所だ。しかし、夢や臨死体験の中にしか現れなかった「魂(こん)」の「邪魅」が混沌都市に現れているということは、今私達がいるこの場所は、果たして現実の世界なんだろうか…。

死者や幽霊が現実世界に現れているのではなく、この世界が死者や幽霊が存在する、死後の場所に現れているんじゃないだろうか…。

「そしてさ、【魂(こん)】と【魄(はく)】。二つの【邪魅色の魄珠(じゃみいろのはくみ)】が、ちゃんと【魂魄(こんぱく)】となるようにくっつけたら…」

どうなるんだろうね?ということを、じっと見つめる張さんの瞳が私に語り掛ける。

この世界はもしかしたら、「魂(こん)」の「邪魅」が現れることのできる、死後の世界なのか?

でも「魂(こん)」と「魄(はく)」が、くっついたら… 分裂する前の状態に戻ったら、それはもともと「現実」に存在していた、神のような魔物が復活するのかもしれない。

神のような魔物が、どんな存在か、どんな驚異なのかも気になるところだけれど…。

(どうなるんだろうね?)

この世界はどうなるんだろう。死後の世界なんだろうか。それとも現実の世界なんだろうか。そのどちらでもあり… あるいはどちらでもないのかもしれない。

(どうなるんだろうね?)

張さんにじっと見つめながら、私は色んなことを頭の中で考えた。考えたけども…

(どうなるんだろうね?)

そこに「答え」は無かった。“どう在るか”に答えは無い。

どんな答えを出したにせよ、それは“どう見るか”という、多様性の中のひとつでしかないからだ。

(混沌…。)

だからこそ。

だからこそ、ここは「混沌都市」なんだろう。

現実的に混沌としているという意味だけでなく…。世界そのものの在り方、概念が曖昧で、混沌と呼ぶほかないからだ。

(もし魂と魄とを、くっつけてしまったら…。)

「混沌…。」

私がようやく、声に出してそう呟くと、張さんはフッと息を吐き…。

「それはまた別のお話♪」

二ッと笑って、私の背中をパシッと叩く。

「さ、もう店じまいだよ帰った帰った。」

張さんに背中を叩かれたことで、ハッと気を取り戻し、私は仲間達と帰途につくことができた。

けど、一仕事終えた後の帰り道は、決して明るいとは言えなかった。視界の隅にいた玉虫色はもういないのに。

帰り道を行く私の先も後ろも真っ暗だ。

前には真っ暗な魂(こん)。

後ろには真っ暗な魄(はく)。

真っ暗な魂と魄に挟まれてくっついた時…。

そこに生まれる混沌を考えると…。

そこに復活する神のような魔物のことを考えると…。

私はしばらく、夢の中でも安心できそうにない。

玉器市場の露店主張 子竜(チャン・シリュウ)

Illustrated by 接続設定 張 子竜(チャン・シリュウ)。張でも、子竜でもお好きに。

人種
東洋人(オリエンタル)
職業
商人/ビジネスマン
拠点
九龍(クーロン)/油麻地 (ヤウマティ)/玉器市場(ジェード・マーケット)
性格
挑戦者/色欲
イデオロギー/玉虫色のさえずり
同行時シナリオ中1回だけ、交渉の時の品物の価値を、一段階高くも低くもできる。あるいは交渉時の技能成功率を、20%高くも低くもできる。玉虫色のさえずりとは、物の価値やその人が持っている価値観を、さえずりによって玉虫色のように、いかようにも微妙に変化させてしまうことを以って、玉虫色のさえずりという。
主な習得項目
オカルト、考古学、経理、値切り など
参考作品
大正九頭竜

クトゥルフ神話TRPG動画「大正九頭竜」の登場人物。動画では1900年の「義和団の乱」の際に、中国から大正時代の日本に来た中国人の探索者。本書の世界の彼女は、動画の世界の彼女とは違い、1900年に中国の大陸から香港に逃げ、その後ナイアル・ネオ・ファンタズマに迷い込んでいる。元々、芯の強い女性ではあるが、香港での彼女は、考古学や経理を学び、商才や鑑定目利きの才能を開花させている。大正時代も女性活躍の運動はあったが、その時代よりも2047年の未来の方が圧倒的に女性の立場も改善され、さらに経済競争が激しい香港であるため、大正時代の彼女と比較すると、より優れた才能と自立心を身につけている。
今回の彼女は露天商として登場するが、これは数ある彼女の活動の中でも、道楽に寄ったもののひとつに過ぎない。

ニコニコ動画投稿【クトゥルフ神話】大正九頭竜 第零幕【大正】

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